ウォルター・リップマンが考えた島には、数人のイギリス人とフランス人、そしてドイツ人が住んでいた。この島には60日に一度、イギリスからの連絡船が入港する。時は1914年9月、イギリスとフランスの連合勢力とドイツが戦争を開始して6週間ほどたった時だった。外の世界のニュースを伝え知る唯一のルートが連絡船である島の人々は、船長が戦争の知らせを伝えるまで、6週間は何の変わりもなく平穏に過ごしていた。しかし不思議なことに、大陸の戦争の知らせを聞き、イギリス人、フランス人、ドイツ人の間で深刻な争いが起こる。
◆リップマンはこの話から、『世論』という本を始める。ニュースの重要性と、また一方で逆説を説明しようという意図である。いくら熾烈な戦争でも、ニュースが伝えられる前は力がないため、ニュースが重要だという意味であり、個人的に全く恨みがなくても、国家間の戦争ニュースが島で暮らす人々の小さな平和を壊してしまうという点が、ニュースの逆説である。おそらく船が来なければ、リップマンの島には平和が維持されただろう。
◆最近の韓国社会では、「リップマンの連絡船」を咎める政府の人々の声がしばしば聞こえる。代表的な例は、大統領秘書官のマスコミ批判と大統領自身の「腕章論」である。大統領広報首席秘書官は8日、韓国マスコミが悲観論だけを浮上させて経済展望を報道すると言った。その翌日、大統領は閣議で、数社のマスコミ社がまるで自らが腕章をつけたかのように錯覚し、不当な権力を行使すると批判し、そのような腕章には屈服しないと述べた。
◆韓国マスコミの報道方式は、相変らず様々な問題を抱えている。おそらく最も深刻な問題は、あるマスコミ関係者が「じょう舌」とまで表現した、政治家の低級な言葉を過度に、事実かどうかも確認せずに報道し、政争を煽ることだ。もはや言葉ではなく、事物に注目し、計画よりは実践を、党務会議よりも法案の内容を中心に記事を書かなければならない。否、1週間ほど政治家を取材しないことも面白い実験になるだろう。残った紙面は、政治消費者である市民の声でうめればいい。しかし、「連絡船」を断つことはできない。そうしたからといって、戦争がなくなり経済がよくなるわけではないからだ。
李載景(イ・ジェギョン)客員論説委員(梨花女子大学教授、言論学)jklee@ewha.ac.kr





