1980年の暗うつだった「ソウルの春」の時代、作家の崔仁浩(チェ・インホ)氏は、「希望歌」と「勝利を我々に」を繰り返し歌った。そして彼は、絶望に瀕した若者たちに「希望歌」よりも「勝利を我々に」を歌うように薦めた。「この騒然とした世の中で会ったのだから」で始まる「希望歌」は、タイトルとは違って「絶望歌」に近い。「勝利を我々に」は福音聖歌「We shall overcome」を翻案した歌だ。
◆ライ病患者の福祉施設「聖ラザロ村」の院長として30年もの間献身した故李キョンジェ神父(1926〜1998)は、90年代初めに中国を訪れた後、「社会主義は希望がない」とよく言っていた。ある福祉施設には孤児が17人なのに、教師と保母が約80人いたという話もしていた。韓国人が延辺付近を見歩いて「韓国より数十年遅れている。高句麗(コグリョ)時代には満州一帯がすべて我々の土地だった」と気炎を吐いていた時だった。
◆いま韓国国民は希望を持って暮らしているか。今月初めのある調査で、10人のうち7人は、「そうではないと思う」と答えた。理由は、経済不況(36.2%)、政治不安(36.1%)の順だった。政治が希望を与えることができない責任は、大統領(41.7%)、与党(21.5%)、野党(11.8%)の順で大きいという回答だった。3人に1人は「機会さえ与えられれば、移民の意向がある」と答えた。経済不況より「希望不況」がより深刻なのではなかろうか。同じ時、中国社会科学院が実施した調査で、中国人の18%は「私はもう上流層」と答え、64%は「私も社会の上層になるだろう」と希望を示した。中国が韓国よりも資本主義的だという診断が間違っているとは思えない昨今の両国の姿である。
◆毛沢東、ゴルバチョフ、頳小平を風刺したギャグが、90年代中盤、中国知識人の間で流行った。毛沢東は左の方向指示器を出して「左折」し、ゴルバチョフは右の方向指示器を出して「右折」し、頳小平は左の方向指示器を出して「右折」したという話だ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領はどちらの方向指示器を出してどちらに曲がるのか。いずれにせよ、「左折」は格好だけの「希望歌」に過ぎず、決して「勝利を我々に」とはならないという点だけは、はっきりとしている。
呉明哲(オ・ミョンチョル)論説委員oscar@donga.com






