10日中国南京では中国海軍の鄭和艦の水兵約1000人が船上と列した中、盛大な記念行事が行われた。明時代初期の冒険家「鄭和」の西洋遠征600周年「D−1年」を記念する席だった。鄭和艦隊が出航した江蘇省太倉では、先月9日当時の帆船「隳眉毛号」を復元した木造船が海上シルクロードの踏査に乗り出した。中国は来年の600周年には国家レベルの記念行事、国際海洋博覧会、テレビ特集、セミナー、展示会などを開く予定だ。
◆雲南省出身で、イスラム教徒の宦官だった鄭和。明時代の恐怖の秘密警察機構だった東廠の初代総帥として永楽帝が甥の建文帝から皇帝の座を奪って政権を握るのに大きな功を立てた。鄭は1405年から1433年まで7回航海し、東南アジア、インド、ペルシア、アフリカまで訪問した。現地の支配者に陶磁器とシルクを贈り、「中国皇帝の恩徳」を恵んだという。最近英国の予備役の海軍将校キャビン・メンジーズは鄭がアメリカ大陸をコロンブスより71年先に発見し、南極のマゼラン海峡をマゼランよりも98年先に通過したという「1421−中国が新大陸を発見した年」という本を書いた。
◆交通省の徐祖遠部部長は、鄭について「当時世界でもっとも強力な艦隊を指揮し、少しの土地も占領しないで他国を友情をもって遇した」とし、「これは中国の新外交政策『和平崛起』と一致する」と語った。最近中国の新しい指導部は頳小平が提示していた「韜光養晦(才能を隠して時を待つ)」の代わりに平和的に聳え立つという意味の和平崛起を新たな外交戦略として採択した。国力伸張にともなう自信の表れである。
◆だが、国際社会ではこれを新たな強大国の出現宣言というほどにしか受けとめていないようだ。鄭和については彼が中国の宝物を分け与える見返りに、朝貢を強要したことをあげて、中華秩序構築の先駆者とする見方が少なくない。中国は昨年有人宇宙船発射など民族主義が大いに膨張している。最近の高句麗史の歪曲からも見られるように「鄭和」熱風も世界史を中華思想にあわせて再構成しようという前奏曲ではないだろうか。
北京〓黃有成特派員 yshwang@donga.com






