「我が経済が大恐慌以来、最悪の苦境に陥ったと申し上げることになり遺憾でなりません」。大統領就任2週間目の対国民演説でロナルド・レーガン米元大統領はこう述べた。おびただしいインフレと失業率を受け継いで米国経済が低迷に陷っていた1981年初頭だった。「もう全く違うことを試みなければならないときであります」。ニューディール後、米政府の最も画期的な経済政策の変化である「レーガノミックス(Reaganomics)」はこのようにして誕生した。経済状況が危機かそうでないという式の論争で時間を過ごす代わり、現実を認めて解決策を突き付ける「冷戦時代のカウボーイ」らしい言動だった。
◆ホワイトハウスに入るとき、彼は3種の確固たる信念を持っていた。政府はとても大きくて、税金はあまりにも多くて、ソ連は「悪の帝国」というのだ。前任のジミー・カーター大統領は道徳性はすぐれているが、経済の不安定さと軍事面での弱体化で、国民まで萎縮していた。レーガン大統領は減税から「創造的な破壊」を始めた。税金を削減することで投資と貯金が増えて経済成長が促進されるという論理だ。「政府に解決策を期待するな」とし、貧しい人も仕事を見つけて自らの福祉を求めよと語った。
◆レーガノミックスは、ブッシュ元大統領がレーガンの副大統領になる前、とんでもない論理として「呪いの経済」と非難した政策だ。しかし「呪い」は徐々に威力を発揮した。インフレと失業率は低下し、株価は上昇した。市場経済の勝利だった。政府は「スターウォーズ」と言われる国防に集中した。結果的にソ連は崩壊して、ビル・クリントン大統領時代まで経済ブームが続いた。
◆レーガノミックスに陰がなかったわけではない。医療、教育、環境など福祉予算の削減で貧富の格差を広げた「貪欲の10年」という批判もある。レーガノミックスを真似したブッシュ大統領の経済政策は財政赤字をさらに拡大させ、世界経済を脅かすという非難も受けた。しかし「結局は経済」というレーガン大統領の解決策は的確だった。供給中心であれ、その反対であれ、その当時最も必要な政策として経済を立て直すことはリーダーの必須条件だった。数多くの功績と過ちを残した故人だが、米国民に愛され、尊敬された大統領として記憶されるのもこのためだ。
金順徳(キム・スンドク)論説委員yuri@donga.com






