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[オピニオン]本屋

Posted May. 18, 2004 22:31,   

メグ・ライアンとトム・ハンクス主演の「ユー・ガット・メール」の舞台は「路角の本屋」。小さい時に両親の手に引かれてこの店に入り、大人になって自分の子供を連れて再び訪れるそんな古い名所である。こんな本屋さんは商業的な面だけを全面に出さない。町中の人々の追憶と体臭が混じっている、いつ訪ねてもくつろげる居心地のよい場所である。韓国でも都会に住んできた人ならば、こんな小さな本屋さんを一ヵ所ぐらい心に秘めていることだろう。

◆狭い本屋には長時間立ち読みしても、心優しい主人は眼鏡越しに微笑むだけで煙たがらない。学校の前の本屋は知的好奇心に満ちている生徒たちがよく来る。「おじさん」で通っていた大学の本屋の主人はほしがっていた本がいつ書店に出るのか知らせてくれたり、時にはこっちの話にもよく耳傾けてくれる。いつからか町の本屋が一つ二つなくなっていき、もはや周辺で本屋を探すのが大変難しくなった。本屋があったとしても中学高校の参考書ばかりで、昔の落ち着いた本屋の雰囲気とは大違いである。

◆町の本屋がなくなったのには様々な原因があるだろうが、インターネット書店がダンピング攻勢をしかけたせいもなくはない。一部のインターネット書店が大幅な値引きをして配送料金も受け取らなかったことで、定価格制を維持している本屋が大きな打撃を被った。出版市場にも市場論理が適用されるべきだという原則には賛成するが、その結果読者に被害が跳ね返るとすれば、「市場の失敗」を防ぐ補完策を探さなければならない。インターネットの割引を念頭に置いた出版社がこれまであまりにも値上げしたために、これが購買力を萎縮させ、出版界はさらに不況の沼におちいっている。

◆インターネットを差し置いて、あえて書店を訪れる読者が多いのは学生時代の「本屋の追憶」にこだわっているからではない。本屋には人間らしい余裕があった。本屋という同じ空間で何人もの人が本の匂いをかぎながら一緒に本を選ぶのはデジタル時代でもあきらめがたい本屋の魅力であり、ロマンである。母親と子供が代々訪れるこじんまりとした「路角の本屋」は不可能な夢だろうか。オフラインの多くが時代の波に飲まれて消え去りつつあるが、本屋だけは例外になってほしいという未練は捨てがたい。

洪贊植(ホン・チョンシク)論説委員 chansik@donga.com