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[オピニオン]車のナンバープレート

Posted January. 13, 2004 23:44,   

デザインの重要性はかなり広く認識されている。「デザインが世の中を変える」や「デザインを支配する者が世界を支配する」といったスローガンにも、馴れてきた。言い換えれば、美に対する大衆の認識と眼目が、一定レベルに達しているということだ。ブランド品(名品)趣向の現象が、内実よりも外形にとらわれる世相として批判されているが、デザイン産業の側面においては、異なった視線も存在する。デザイン産業が成長するためには、国民が良いデザインと悪いデザインの識別能力を備えることが重要だが、我々も美的感覚に目覚めていく過程にあるというのである。

◆自動車を買う人の20%が、デザインを見て車を選ぶというが、新車の開発費の中で、車のデザインに使われるのは、数%に過ぎない。デザインの付加価値が大きいということを強調する上で、よく用いられる比較だ。実際、我々にとってデザインの育成は、これよりも遥かに差し迫った課題である。中国のデザインが、物凄い勢いで我々の後に追い撃ちをかけており、先進国の壁は、ほぼ「鉄壁」とも言えるくらいだ。韓国のデザインが、世界を魅了させることさえできれば、我々が途上国を卒業することは、案外簡単かもしれない。

◆問題は、デザインのレベルアップが、決して容易ではないということだ。デザインは、その国の文化水準に比例して動いている。子どものころから、青少年たちに芸術的な感覚を身につけさせる国は、良いデザインを創るのにさほど苦労をしない。ところが、我々のように昼夜を問わず入試に全力投球する国は、国民が芸術に対して眼目を広げる時間と余裕がない。我々のデザインが、不利な環境の中でも大きな成長を遂げてはいるものの「外国の真似」という限界を、大きく脱することができない理由がここにある。

◆新年早々、変更された自動車ナンバープレートのデザインをめぐり、議論が広がっている。幼稚で野暮なデザインだというのだ。遅れ馳せながらこれを認めた当局が、新しいデザインに替えるといったハプニングが起きた。国が発展するには、公務員が誰よりも先を進み、常に覚醒していなければならないというのに、その程度が一般国民のそれにも及ばないようでは、失望としか言いようがない。朝鮮時代をみても、我々の伝統デザインは洗練されている上、優雅で世界的にもトップレベルを誇っていた。公務員が、暇を見て博物館にでも行き、我々の先祖たちの美的感覚をつちかうようにすれば、我々だけの独創的なデザインを育成する上で、少なくとも足を引っ張るようなことはないはずだ。

洪賛植(ホン・チャンシク)論説委員chansik@donga.com