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[オピニオン]「世代」の幻想

Posted September. 21, 2003 23:13,   

筆者を含めて今の60代中盤は「ハングル世代」という言葉を聞かされながら育った。小学校1、2年生の時、光復(クァンボク、日本による植民地支配からの独立)を迎え、学校でハングルを学んだ最初の世代だったためだ。ハングルで「華麗な錦繍江山」のような国語の本を読み、「暖かい春の日、百済の昔の首都を訪れると…」のような文章を覚えた。そうするうちに大学生になって、4月革命を主導した私たちは「4・19」世代と呼ばれるようになった。私たちは、李承晩(イ・スンマン)—李起鵬(イ・ギブン)独裁体制を崩壊させた興奮に陶酔し、自由民主主義を実現させたという自負心を持った。その時はまさに既成世代がこの上なく弱く考えられた。

◆4・19革命の時、私たちの世代は一瞬にして素敵な国を作り上げることができるような気がした。不正腐敗を追い出して民主主義をしっかり定着させる有能な指導者に仲間入りできるような気がした。もちろん、統一も今すぐ実現できるような気がした。しかし、結果は惨憺たるものだった。革命後続いた混乱した政争が5・16軍事クーデターの火種になり得ることを認識すべきだったにもかかわらず、4・19世代という幻想にのみ取り付かれていたためだ。

◆以後、我が社会には様々な「世代」が生まれた。「6・3世代」を含めて今日の「386世代」に至るまで政治変動の節目のつど、新しい世代がもっともらしい掛け声を掲げて前面に乗り出した。そういうわけで私たち「4・19世代」は一瞬にして古い世代になってしまった。責任ある仕事を一度も引き受けたこともないまま、そのように一線から遠ざかっていった。もちろん、私たちの後を継いだ世代が歩んだ道も私たちとさほど違わなかった。世代という言葉がただ単に空しい造語だという事実を悟ったのは、真っ黒だった私たちの頭の上に灰色の歳月が重ね降りた後だった。

◆世間では年輪というのも重要で、急がば回れの知恵も重要だ。私たちが「世代」の魔力に取り付かれていたときには、今すぐ何かを成し遂げたいという性急さがあまりにも大きかった。無能で無気力な既成世代のため、私たちが働く機会を奪われているという不満もなくはなかった。しかし、世事というのは意欲と能力、そして経験が手を結んでこそうまくいくものだ。それゆえ世代は少数の彼らだけでなく、我々みんなを指すことを認識してもらいたい。そうしてこそ「年取ったのが罪になり得る」という物知らずのような考え方も捨てることができる。私たちがその昔、世代の感情にとらわれて世間を間違って眺めた過ちを後輩らは犯さないことを望む。彼らのためではなくこの国のために言っているのだ。

陳鄹奎(チン・ドクギュ)客員論説委員(梨花女子大学教授) dkjin@ewha.ac.kr