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悪人と戦うヒーロー

Posted March. 13, 2003 22:13,   

悪者との対決で歯を折られ痛止めを飲む英雄。目の見えない視覚障害者で全身が傷だらけのスーパーヒーロー。

28日封切られるファンタジー・アクション映画「デアデビル(Daredevil)は、これまで映画化されたマンガのスーパーヒーローの中で、系譜的には、宇宙人である「スーパーマン」より、人間的弱点を持っている平凡なニューヨーカーの「スパイダーマン」の方にもっと近い。

「デアデビル」は64年に出版された米国「マーヴル・コミックス」のマンガが原作。スパイダーマンのようにデアデビルも、幼い頃に両親を失い、突然事故に巻き込まれて超人的能力を得る。事故で放射能廃棄物が露出し、両目の視力を失ったかわりに、残りの感覚器官が超人的なレベルにまで発達した。マット・マードック(ベン・アフレック)は、昼は弱者を助ける弁護士、夜は「正義を守護する悪魔」であるデアデビルとして生きていく。相手の気持ちが分かる彼は「武術の達人」であるエレクトラ(ジェニファー・ガーナー)に会って恋に落ちる。

しかし、父親に対する執着のため、心理学用語にまでその名前が使われたギリシア神話の中のエレクトラのように、エレクトラは無念に死んだ父の仇をデアデビルと錯覚して復讐を誓う。

雨が降りそそぐ暗黒のニューヨーク街を背景にしたこの映画には、宗教的イメージが満ちている。最初の場面でデアデビルは血を流して聖堂の屋根の十字架にぶら下がっており、敏感に発達した聴力を寝かせるために水の入った棺が彼の寝場所だ。

しかし、多くの隠喩と伏線が人物の感情とキャラクター描写に混入することができずに、下図になってしまったことが、この映画の限界だ。

「バットマン」と「スパイダーマン」を混ぜ合わせたような雰囲気だが、この映画は薄暗い「バットマン」の背景と、建物の間を飛び回る「スパイダーマン」の快感の間で道に迷ったようだ。

英雄が「人間的」でありすぎると、英雄的カリスマが薄くなる。デアデビルは証人の心臓音だけ聞いても、偽証かどうかを選り分けるほどの能力を持っているにもかかわらず、昼は無能な弁護士のように描かれている。このために夜の復讐も昼の敗北に対する腹いせのように映る。

エレクトラ役を引き受けたジェニファー・ガーナーの感情演技が単純でコミックに感じられるのも、映画の格を落とした。

デアデビルは犯罪王のキングピン(マイケル・クラーク・ダンカン)を懲らしめることのできる最後の瞬間に、彼の命を助ける。なぜ?。「私は悪人ではないから」。デアデビルを追っていた新聞記者は、彼の正体が分かってからも記事を書かない。なぜ?「都市には常に英雄が生まれるから」だ。

しかし、2人の正確な本音はたぶんこれではないか。「続編を作らなければならないんじゃないか!」

監督は「サイモン・バーチ」でデビューしたマーク・スティーヴン・ジョンソン。原題は「向こう見ずの人」という意味。この映画は15歳以上観覧可能。



金熹暻 susanna@donga.com