小説家の李文烈(イ・ムンヨル、55)氏が、不和のあったインターネット空間に「進入」した。24日から東亜(トンア)ドット・コムの小説サイトである「e小説」(enoveltown.donga.com)に、新しい小説「ホモ・エキセクタンス」を連載し始めた。
サイバー空間では常に論争の中心にいた作家であるため、インターネットでの小説連載はそうたやすいことではなかったことだろう。
「そのような質問をよく受けるが、実は非常に心外だ。私がインターネット、ネチズンについて、懸念を示したり快く思わなかったのは、これを悪用したり非正常的に活用する部類に不満があってのことだ。インターネット空間はこの時代が作り出した効率的なコミュニケーションや通信手段で、これをまったく度外視することはできないのが現実ではないか」。
作家は、「インターネットは知的、芸術的成就をもっともよく、広く伝えられる手段になって当然だ」と断言した。その理由に今回の小説は、インターネットの一部の薄っぺらな文化に対して突きつけた、作家の挑戦状でもある。
「なぜ人はインターネット媒体を軽んじ、軽薄だとしか思わないのか。そうでない場合もあるし、そうであってはならない。紙の本に慣れ親しんでいる人たちにはインターネットのテキストが軽薄で下品に思われるかも知れない。だが、いくらでも真摯で誠実な文化、エピソードを書き込み、疎通できるということを今回の小説を通じて見せていきたい」。
新しい小説の題名である「ホモ・エキセクタンス」は、「処刑者としての人間」、「執行する人間」という意味のラテン語。人間がむしろ神の懲罰者であり加害者でありうる、というのが作家の説明だ。
今回の作品は、作家が作品『人の子』で省察した「存在論」にそのルーツを置いている。「現実から一歩離れているような、観念的で本質的な小説」の行間には、今のこの時代が現われている。
「偉大な神聖性はもっとも苦悩が多い国、葛藤の時代に生まれる。そのためこの韓国の現実の中では、権勢で大衆を誘惑し結集させて押さえ込まれたことが一度や二度ではない。ポピュリズムと権力、対人崇拝に対する結合、こうしたことを高踏的な言葉で言い換えれば、パンと奇跡、権勢ではなかろうか。今の私たちの痛いところを突くことができそうだ」
一連の「事件」を経て、昨年3月から本紙に連載中の「激しく風吹き雲が暗くなると」(楚漢志)を書きながら心を鎮めたという彼は、「年を取るにつれて感覚的で現象的なもの以外に、本質的で観念的な、私の年輪や文学的な履歴が盛り込められたテーマについて考えるようになった」と述べた。
作家が初めて連載を考えていた作品は、韓国に亡命している元北朝鮮書記の黄長鎏(ファン・チャンヨプ)氏を取り上げた「鷹の歌」だった。
「彼が小説的なのは間違いないが、敏感な人物であるうえに私自身、感情的な整理がまだできていない状態だったし、文学外の論争を呼び起こす余地があって、もっとそこを暖めることにした」。
東亜ドット・コムの小説サイトに設けられた「30字評」コーナーでは、作家の新作に対する読者の期待が多く書き込まれている。例えば、「以前『人の子』を初めて読んだ時のむずむずした感じ」(korpedoc)、「現実と違う世界のそこで何が起きているのだろうか」(tankmoon)といったものが書きこまれていた。
「ホモ・エキセクタンス」は毎週1回、30週間連載される予定だ。作家は、「全部で原稿用紙1500枚、多ければ約1800枚の分量になると思うし、インターネットの双方向性にとらわれる考えはない」と明らかにした。
問題作家のインターネットの実力はどの程度だろうか。彼特有の豪快に笑いながら、「まったくだめだ」と率直に言った。
趙梨榮 lycho@donga.com






