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「オピニオン」人間こそ自然

Posted August. 26, 2002 22:35,   

都会人たちはバカンスをするにも、都市を連れて行く。開けた自然と久々の余裕、単純な生活が懐かしいと言いつつも自家用車にリンスとシャンプー、トイレットペーパーまでちゃっかり積み込んでは山や海、そして田舎に行っては「都会と変わらないよ」と愚痴をこぼす。生活の利器を持って行かない場合も同じだ。民宿前のコンビニに四六時中出入りしては、首にぶら下げた携帯電話でしきりに話している。そうして日常の中に戻りながらつぶやく。いや〜疲れた!家から一歩離れると、もう苦労の始まりだよ。

▲旧ソ連の地球科学者ウラジミール・ベルナドスキーは、約70年前に早くも「かつての地震が大陸の形を変え、川が未来の地球を変えるように、人間そのものが地質学的な変化要素となりつつある」と予言した。人間が自然の影響を受けるのではなく、自然が人間の影響を受けるという意味からだ。私がバカンス先まで運転して行った車は、気象異変を引き起こす地球温暖化の主犯である温室ガスを、道中吹き出しながら走ってきた。私が無造作に捨ててきたトイレットペーパーを作るために、インドネシアのうっそうとした森林の中の何本かの木が、とっくの昔になくなっているのだ。宇宙人たちは人類を、火山と同格の地球環境の変化要因として記録しているのかも知れない。

▲南アフリカ共和国で26日開幕した、地球規模の環境会議の正式名称が「持続可能な発展に向けた世界首脳会議」となっている。木を切り倒す際も、その分、植え直すことで次の世代が使えるようにすることこそ、持続可能な開発であろう。世界野生動物基金では「使い方によっては」現在の森林の20%だけでも、世界の木の必要量を満たすことができるとしている。ところが、目前の利益のみ重視する人間の欲望が、原始林を放っておくはずがない。その上、私たち人間は、欲しいものは何でも黄金に変えられるテクノロジーを持つ権力集団であり、相手の持てるものといえば、言葉なき自然だけとあっては…。

自然の大切さを知らない人はいない。貧しかった私たちは、先ずは開発を優先して豊かになった後で環境保全をした方が望ましいと学んできた。ところが残念なことに、人間の貪欲は果てしないもので…。もっと楽で大きくて良いものを求めるばかりで、これで良いといえる時期は決してやって来ない。南アフリカ共和国に174カ国の代表が集い、環境、人口、水、貧困問題を解決するための宣言を採択するということだが、それだけでは十分と言えないのもこの由縁である。人間が即ち自然であり、環境こそ私自身であるとする考え方の転換は、そのために必要なのだ。それが難しければ、保険に入ったと考えるのも良いだろう。私が少し我慢することで次の世代が豊かに暮らせるなら、今現在の不便くらいは耐えられなくもないだろう。

キム・スンドク(論説委員、yuri@donga.com)