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[オピニオン]ブッシュ大統領の「出まかせな」発言

[オピニオン]ブッシュ大統領の「出まかせな」発言

Posted May. 27, 2002 23:13,   

「…キャンペーン期間を2ヵ月前にして、側近たちが君が記者会見をすることすら止める理由が分かるような気がする。質問を受けた君の口から、どんな言葉が飛び出すか分からないから怖かったのだろう。一つはっきりしていることは、人々は君の言う言葉がよく理解できないということだ。単語と文章をごったまぜにした言い方が、最初は可愛らしく見えたこともあった。それから、段々心配になってきた…」

米国のメイケル・ムアという映画制作者兼作家が書いた「間抜けな白人たち」(木と森社・金ヒョンフ訳)という本に出てくる一こまだが、著者がブッシュ大統領に送る手紙の形式で書いた文章の一部分だ。

最近、ブッシュ大統領が米共和党議員たちと会った席で、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の金正日(キム・ジョンイル)総書記のことを体の小さい種族である「ピグミー」(Pigmy)だと言い、「食膳を前にした行儀の悪い子どもだ」と言ったことがニューズウィーク誌に報道された。ムア氏のように米国市民なら「いかにもブッシュ大統領らしい言い方だ」と片付けてしまえるかも知れない。しかし、我々は違う。そう簡単に、笑い話として過ごしてしまえない「出まかせな言い方」に聞こえる。

まずはあきれた。いま米朝関係がどういう状況にあるのか。ブッシュ政権下で初めて米国の対北朝鮮特使が平壌(ピョンヤン)を訪問する問題が取り沙汰されて、対話ムードが熟しつつある最中だ。それも北朝鮮の方から、米国に対して手を差し伸べてきている状況だ。ブッシュ大統領は、そうした北朝鮮に対して、何よりも侮蔑感を与える発言をした。北朝鮮側が、常に韓国側の関係者たちに言っていることは「お願いだから、米国が我々の体制を揺さぶるようなことだけはしないようにしてくれ」ということだ。にもかかわらず、ブッシュ大統領は体制を揺さぶるのとは比べものにならない「偉大なる将軍様」を極端に侮辱する発言をしているのだから、北朝鮮の心境は理解できるものがある。

ブッシュ大統領が金総書記に対して、誰よりも否定的な考えを持っているということは、これまでに何度も表れている。「北朝鮮の指導者に対して若干の懐疑を持っている」(2001年3月)とも述べているし、「金総書記が過度にミステリで疑わしいことに失望した」(2001年10月)とも話した。しかし、今回のように露骨に金総書記をべっ視したのは初めてだ。先日、米国が北朝鮮をテロ支援国に分類したのは、まさに泣きっ面に蜂だった。こんな状況のなかで、北朝鮮が何気なく、米国との対話に出ることができるだろうか。

ブッシュ大統領の思惑が何だったのかが気になる。対話に出ようとする北朝鮮を、さらに窮地に追い込み、二枚舌を封鎖しようとした計算だったのか、意図的に対話を避けるための口実を作ったのかは知るすべはない。何気なく飛び出した言葉なのかも知れない。

しかし、いずれも場合でもブッシュ大統領の発言は常識以下だ。いくら小国といってもぐうの音も出ないようにして降伏を引き出す道は戦争しかない。あえて「対話の門戸は開かれている」「ボールは平壌側にある」と言ったレトリックを言う必要もない。ブッシュ大統領の発言が、合理的な判断にもとづいたものではなく、即興的な感情の表現であるとしても問題は深刻だ。第一、米国大統領の意識水準がその程度のものなのかという疑問だ。「まぬけな白人だち」に出てくる話のように、ブッシュ大統領の「学習不能症」のためなのか。そういう大統領に、地球村のリーダーシップをまかせてもいいのか。

第二に、率直に言って不快感を覚える。ピグミー族は平均身長が150cmにも満たない。現存する人類のなかで、文明の恩恵を受けていない種族だ。金総書記をピグミーにたとえたのは、もしかしたら無意識のうちに、そうした有色人種に対する偏見が働いたのではないか。

我が政府も、内心当惑したはずだろう。だからと言って当事者でもない立場だから、ブッシュ大統領の発言の取り消しやお詫びを求めるわけにもいかない。しかし、ブッシュ大統領の発言は、南北対話や韓半島の安定のために、いろんな面で不適切だ。友邦の米国の大統領が、なぜ、そこまで何度も水をさす発言を繰り返すのか。わが政府に北朝鮮を代弁しろというのではない。内部的には米国に対してどういう遺憾の表明をしたかははっきりしないが、より堂々とした姿勢で我々の意見を明らかにし、追及しべきではないだろうか。

韓米共助はなぜ強調されるのか。米国大統領が米朝対話に致命的な影響を与える発言をしても、目をつぶることが共助の本質ではないはずだ。あたかも我々とは何の関係もないことかのように、顔色を伺って沈黙するのならば事大外交をしているという批判を受けはしないだろうか。

南賛淳(ナム・チャンスン)論説委員