Go to contents

[オピニオン]金大中大統領の約束

Posted November. 24, 2001 12:23,   

与党民主党の大統領選候補選びや党内政治に一切介入せず、超然たる立場を堅持するとした金大中(キム・デジュン)大統領の約束は、ひとまず良い反応を得ている。金大統領が専念するという3大課業(経済の競争力強化、民生の安定、南北関係の改善)や、来年の4大行事(ワールドカップサッカー大会、釜山アジア大会およびアジア太平洋パラリンピック、地方選挙、大統領選挙)の成功を願う気持ちは皆同じだ。

金大統領が民主党総裁を辞任しながら確認したこのような決心は、まさに国民に対する「約束」も同然だ。その「約束」が守られたなら、金大統領は有終の美を飾る大統領となり、「政権には任期があるが、国家には任期がない」という大統領の言葉は、長い間感動を与えて記憶に留められるだろう。

しかし「約束」に関する限り、金大統領はそのように厚い国民の信頼を得ることはできなかった。それには、もとより彼に対する政治的陰謀や攻勢、そして地域色を帯びた偏見も作用したであろう。しかし、何よりも「不信の原因」を提供したのは、まさに彼の歩んできた政治行動にあった。強いてここで彼の政治業績を述べる必要はない。にもかかわらずここで取り上げる理由は、今回の「約束」も依然として信じられないという人が多いからだ。

金大統領が、本当に「約束を守るだろうか」あるいは「約束を守ることができるだろうか」。「約束を守るだろうか」という問いかけは、本人の意志や決断、勇気を念頭に置いた表現であり、「約束を守ることができるだろうか」という問いかけは、政治的環境や周辺状況に焦点をあてた言い方だ。国民は、政治環境や周辺状況のために不本意ではあるが約束が守れなかった、という政治指導者の言い訳を数え切れないほど耳にしてきた。よって今回も、政治環境や周辺状況がどう展開するかを見届け、金大統領の本心を繰り返し探ろうとするのである。

金大統領が「約束」を守るためには、先ず政権への未練と誘惑を思い切って振り払わなければならない。権力の手綱を握って政治を主導する帝王的な大統領ではなく、民生だけに専念する「行政的な大統領」にならなければならない。それには、今まで結んできたすべての政治的繋がりを断ち切って、政派を超越した国政の仲裁者、調停者の道を選ばなければならないだろう。当分はつらくて孤独な道となるであろうが、その道に進まなくては「約束」は守りきれないのだ。

しかし、果たしてどうであろうか。誰よりも険しい政治家の道を歩み、やっと権力の頂上に辿り着いたのに、まだ任期が約1年残っている今、いとも簡単に無心になれるものだろうか。消え去りつつある権力の後ろ姿を超然とした態度で眺め、何の未練もなくきれいさっぱり手を引くことができるだろうか。金大統領の政治的執念と権力への執着は、並大抵のものではない。考えを変えることは決してたやすいことではないだろう。

そのうえ、金大統領を取巻く政治環境や周辺の状況も金大統領を自由にはさせないだろう。民主党内部のいわゆる「金心」(金大統領の支持)獲得の忠誠競争は、金大統領が党総裁を辞任する前であれ後であれ、少しも変化がない。その中には、党からDJ(金大統領)色を完全に取り去ろうという人もあれば、DJを超える党体制を講じるべきだとする人もあるが、「金心」を得なければ事がうまく運ばないという事実は、東橋洞系(金大統領の家臣グループ)も刷新派も、中道改革派も皆が重々承知している。

いかに「政治から超然とした立場で国政を運営する」としても「金心」を引きつけようとする党内各派の磁力や金大統領の本源的な権力への意志は、最後まで金大統領を超然とさせては置かないだろう。金大統領は、仕方なく総裁職は退いたものの、すぐに「垂簾の政」を行なうであろう、との観測が出てくるのはこのような理由からだ。

これに加え、野党ハンナラ党は、引き続き金大統領を刺激するだろう。早くも金大統領が治績として掲げる改革政策はもたついている。大統領選と地方選挙は、与野党の関係を「生きるか死ぬか」のゼロ・サムゲームの構図へと導くことは明確だ。そうなった場合、金大統領はいかなる選択をするのだろうか。

率直に言って、金大統領は、地方選挙や大統領選レースが本格化すれば、再び政治の現場に姿を現す可能性が高い。そのようなシナリオになれば、当初国民に誓った「約束」は、また嘘になる。

金大統領が「約束」を守れる道は、このように狭くて険しい。にもかかわらず多くの人々は、その道を切り抜ける金大統領の最後の姿を望んでいるのだ。

南賛淳(ナム・チャンスン)論説委員



chansoon@donga.com