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[オピニオン]李会昌総裁の青写真

Posted November. 20, 2001 09:51,   

金大中(キム・デジュン)大統領の民主党総裁辞任に対する世論の反応は総じてよいものの、評価しないという見方も少なくない。否定的な見方は大きく2種類だ。第一に、いわゆる政治9段と言われるDJが、何ら対策もなしに与党総裁職を辞任するだろうか、恐らく何らかの思惑が潜んでいるはずだ、しばらくは様子を見なければならない、という「疑いを持った冷たい視線」だ。野党ハンナラ党は、与党が最終的には「非DJ(金大統領)—反李会昌(イ・フェチャン)新党」を発足させて政界改編を図るであろうとの疑念を拭えずにいる。第二に、大統領制と政党政治の下で、大統領が与党総裁職を辞任することは、責任政治に背を向けた「無責任な行為」ではないか、ということだ。

思惑が潜んでいるかどうかは、一概には言えない。責任政治に背を向けたという批判も原論的に謝った指摘ではない。しかし、現在の政治の現実で、大統領が与党総裁の座に居続けたからといって、責任政治を全うできるかは再考の余地がある。

与小野大の地域党構造から、与野共生政治という事実上の政治的レトリックになるのがおちだ。「反DJ感情」を追い風とするハンナラ党と李会昌総裁としては、DJとの共生に一定のラインが設けざるを得ない。ラインを越えれば「反DJ票」を失う恐れがあるというのに、政権獲得を目指す野党がそれを無視できるはずがない。一方、与党はそれで野党が「足を引っ張る」と見ている。これまで、与野が数回に渡ってトップ会談を開き、共生政治を約束しても、会談が終るやいなや態度を一変させた裏には、このような構造的不信が深く潜在している。

韓国社会の統合と質的発展を妨げる地域主義こそ、この時代に解決すべき最も急を要する課題だ。しかし、地域主義が現在の韓国社会を支配する最も強力なイデオロギーという点も否定し難い。「自分のせい」だけではないと言うが、この政府が発足して地域葛藤がさらに深まったことは、金大中政府の最大失策として自業自得の面もなくはない。それが現実だ。

このような現実で、大統領が与党総裁の座に就き、事ごとに野党とぶつかっていては、国政運営が十分に成し得るはずがない。そのうえ、韓国の家父長制的な政治文化で、大統領が与党総裁を兼任する際に生じる弊害の前では、責任政治論も色褪せてしまう。金大統領は、97年5月19日当時、国民会議の大統領候補受諾演説で「党の自律性や国会の独立性の向上に向けて、大統領に当選した暁には総裁職を辞任する」と公約した。しかし、その約束は守られず、党は引き続き大統領府の従属物として存在した。自律性のない政党とイエスマンに成り下がった国会議員によって、政党政治が十分に機能するはずがない。韓国政治の後進性はまさにここから始まった。こう考えると、金大統領は自らの公約をあまりにも遅れて守ったことになる。

民主党の鄭均垣(チョン・ギュンファン)議員は「金大統領の民主党総裁辞任は、歴史的に3金時代の終焉を意味する」と語った。至言である。問題は「3金以後の政治」を今の与野がいかに形づくっていくかということだ。「3金式政治」は、地域を基盤にしたワンマン政治だ。もはやこれを打破せねばならない。それには何よりも政党が民主化され、国会が政治の中心にならなければならない。そのように政治の基本パラダイムを変える必要がある。

しかし、果たしてそれが可能かは疑問だ。民主党は「党体制の一新」を実行するというものの、大統領選挙予備候補者らは、早くも派閥づくりに躍起となっている。ハンナラ党はまるで既に政権を獲得したかのような雰囲気だ。確かに、李総裁が与党のどの大選予備候補者と比べても優勢であり、国民のハンナラ党への支持率が民主党の二倍に近いという世論調査結果を見れば、そんな雰囲気にもなることも止むを得ない。しかし、現在の支持率に「反DJ感情」による反射利益が大きな割合を占めていることを認めるなら、決して楽観できる段階ではない。有権者の60%は支持する政党がない、と言っているのだ。

先日、ハンナラ党に入党して国家革新委員会委員長に就いた金竜煥(キム・ヨンファン)議員は「国家改造レベルの変化がなければ、政権交替の意味がない」と語った。李総裁は、もはやその具体的な青写真を示さなければならない。外見ばかりを取り繕う時ではないのだ。



youngji@donga.com