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[オピニオン]税金泥棒を生み出す政治

Posted September. 08, 2001 10:13,   

「米コロラド州のデンバー空港で、大統領専用機がワシントンに向けて飛び立つ時まで、大統領補佐官は自分が何の過ちを犯したのかわからなかった。翌日、ニューヨークタイムズは、コロラド州の名産品クアーズビール五箱が専用機に積み込まれる写真と共に、荷物の主人であるこの補佐官が、運送料を払わなかったという事実を暴露した。このことが問題となり、補佐官は600ドルの運送料を払ったものの、結局は辞職するはめになったのだった。

税金に対する米国人の厳格な基準を目の当たりにさせるこのエピソードは、レーガン大統領時代に実際にあったことだ。同じ状況が韓国で起きたなら、果たしてどのようなことが起こっただろうか。

政府の反応は、ひょっとするとこうかもしれない。「変なこともあるもんだ。空いている飛行機の貨物車両をちょっと使ったからといって、マスコミがなぜ難癖をつけるのか。税務調査を受けてもまだ分からないのか」と。

国民も別段の反応を見せないかもしれない。「セマングム事業のうえ、高速電鉄事業や医薬分業だと言って、政府が実際に数兆ウォンの税金を無駄にしているのに、航空運送料がどうしたというのか」。

そういうこともあり得る。税金が国民の血税であるという認識が不十分な公職者が多いので、この程度の報道は注目の対象にさえならないかもしれない。過去に大統領首席秘書官を務めたある人物は「政府に入ってみると、お金を使うことに物怖じしてしまう程だった。まともにすれば3分の1だけでも十分なはずなのに」と体験を告白したが、彼が咎めた雰囲気が、今は変わっただろうか。

数日前、税制発展審議委員会を訪れた。来年度の税金徴収に向けた政府の税制改編案を審議する場であった。今回もやはり「最少限の抵抗で最大限を手に入れる課税の技術」は十分に発揮されていた。問題点を問いただす民間の委員たちと言い訳を並べて切り抜ける政府当局者との討論をじっと見守っていると、ふと「これがいかに無駄なことか」という思いがした。

どんなにいい税金制度を設けたとしても、使う側が血税の価値を忘れて無駄遣いするならば、この論争は一体何の意味があるのだろうか。

案の定まさにその時、国会では追加補正予算案が一言の討論もなく、本会議を難なく通過していた。国民が血と汗を流して国に捧げた5兆ウォン規模の税金の用途が、ほんの何秒かで、まるでごみを片付けるかのように、拙速に処理される瞬間であった。予算は常任委員会で審議し、予算決算委員会を経て本会議で処理するように国会法に明記されているにもかかわらず、韓国の国会議員らはその瞬間まで、6の常任委員会のうち4つは、はなから開きもしないで、急いで蓋をしたのであった。

野党が容赦なく予算の削減を要求すると読み、削られる分だけ請求しておいた政府だけ「棚からぼた餅」だと思ったに違いない。国民の血税は、長官解任案をめぐって繰り広げられる政争の中で、うるさくまとわりつく煩わしい存在に過ぎなかったのだ。

いつもそうだった。100兆ウォンを超える税金をめぐる国会予算審議は、毎年政争に弱みを握られてずるずると長引き、土壇場になって(野合に近い)妥協により、各論には踏み込まないまま、総額基準で通過され幕を下ろすのが常となっていた。

昨年度予算の用途を検証する決算審査は、もっと見物だ。政府が報告書を出せば、大体それで済ませてしまう。一体どこから税金が漏れているのかを探して直そうとする努力を国会に期待すること自体が無理なのかもしれない。

「墓場までついて行く」という税金を払うために、先が丸くなった鉛筆で家計簿をつけながら、ああだこうだと暮らしている国民は、切り詰めて払ったお金が、こんな扱いを受けているという事実をどれほど知っているのだろうか。

企画予算処が2日前、来年度予算案を大統領府に報告した。今年も予算国会の季節になったのだ。計画通りなら、今月末ごろ政府案が確定され、続いて国会が審議に入らなければならないが、目下起こっている政界の混乱は、既に今年もいい加減な予算審議となることを予告している。

金大中(キム・デジュン)大統領(DJ)と金鍾泌(キム・ジョンピル)自民連名誉総裁(JP)とのいわゆる「DJP共助」が崩れるかどうかも、李漢東(イ・ハンドン)首相の残留問題でどういう騒ぎが起こっても、納税者のサラリーマンたちはそんな争いなどに没頭している場合ではない。自分が納めた税金の使い道を国会が十分に議論するかどうかに、今から目を光らせなければ、国民は税金泥棒を生み出す政界の行為に対し、幇助することになるかもしれないからだ。

イ・ギュミン(論説委員)



李圭¥¥¥敏 kyumlee@donga.com