
ボボス(bobos)たちが最近米国で大活躍している。インターネットビジネスで成り金になった人々を指すもの。代表的な人物はビル・ゲーツ。彼らはフリーマインドを追求するボヘミアンの特性も持ち合わせている。このためか、米国の著述家デビッド・ブルックスは、ブルジョア(bourgeois)とボヘミアン(bohemian)を合わせてボボスという新造語を作り出した。
ボボスは能力主義を徹底的に信奉する。既存の支配エリート層とは違い、縁故主義ではなく実力で勝負するのだ。またボボスは億万長者になっても絶え間ない自己批判で俗物にならぬよう努力する。
ボボスという言葉が生まれる前には情報化時代の新しい支配階級を指すディジェラティ(di−gerati)という言葉があった。デジタル(digital)と知識階級(literati)を合わせたものだ。また、ホワイトカラーやゴールデンカラーよりはるかに所得の多い新しい層が生まれたという意味からルネサンスカラー(renaissance collar)とも呼ばれた。
韓国の場合を見よう。金融街では最近「王族、貴族、平民」論争が熱い。「王族」は親のお陰で少年期を海外で過ごした部類をいう。流暢な英語を身につけ、先進国の名門学校を卒業。年俸は数億ウォンにのぼり、同年代のサラリーマンの10倍に及ぶ。
「貴族」は国内で大学を卒業した後、海外で経営学や経済学の博士号または経営学修士(MBA)を取った部類。「王族」よりは劣るが、核心的役割を担う。これに比べ「平民」は国内の大学卒業者で、いくら実力があっても年俸には限界がある。
ある証券会社の「平民」アナリストは、「王族たちは我々が汗水たらして作り上げた資料を元に少し手を加えるだけで済ませる事が多い」と労働価値の不公正性を指摘する。もちろん「王族」の見方は違う。作業時間を基準に同等な待遇を受ける方がかえって不公正であり、付加価値を創出する寄与度によって待遇されるべきだというのだ。
米国UCサンタババラ大学の中村教授は青い発光ダイオド(LED)を開発した人だ。日本の企業でこれを商品化し、莫大な利益を出した。お陰で彼は年俸が2倍に増え、平社員から課長に昇進した。しかしアメリカでなら彼は億万長者になったに違いない。彼は「日本の平等主義の基では研究者の意欲が削がれる」といって米国の大学に籍を移した。彼の「億万長者の夢をもぎ取る社会は滅びる」との警告は日本社会に衝撃を与えた。
昨年サムスン(三星)電子の登記理事20人に支給された報酬は298億ウォンで、一人当たり14億9000万ウォンになることが分かった。社外理事6人を除けば社内理事の平均報酬額は約20億ウォンになる。これを聞いたサラリーマンたちは、差別にも程があると憤慨したという。
これからの韓国社会は能力と実績による年俸の差で数多くの葛藤が生じるだろう。韓国版ボボスが次々と生まれる反面、薄給でありながら会社にしがみつかなければならない人も数え切れないほど出てくる。こうした両側の摩擦を減らすにはどうすればよいのか。人間の能力と労働の価値をどのように評価するべきであろうか。
コ・スンチョル経済部長 cheer@donga.com






