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[時論] ソウル大学とハーバード大学の尺度

Posted December. 25, 2000 19:50,   

大学入試の成績は良いが、内申成績が5級であることから、国立のソウル大学への進学はむずかしいだろうと思った科学高校早期卒業予定者が、アメリカのハーバード大学とMITに合格したと言うニュースは、新鮮なショックでもあり韓国の入試制度の問題点が露になったようで、いろんな事を思い浮かべてしまう。

これは、一人の女子高校生個人に偶然起きたことではなく、韓国の教育システム全体のレベルから考えなければならない。修学能力試験(日本のセンター試験に相当)で満点を取った学生が特別募集(定時以外の募集)で脱落し、390点(400点満点)以上の高い得点を取った者も特別募集で大勢脱落し、‘水割り修学能力試験’、‘修学能力試験インフレ’、‘修学能力試験大乱’という指摘が説得力を得ている。さらに、大学進学を目的に学校を辞め、大学入学検定試験に応じる学生が増える一方、生まれた国を捨てる学生も増えている。しかも、在外韓国人と外国人特別合格の不正や病弊も増えているこのごろ、教育システム全般について考えざるをえない。

一言で言えば、これらは創意性教育と知識基盤社会とは関係無い「一列に並べ」式の画一的な入試制度が生出した病弊である。もちろん、韓国の大学の学生選抜方式とアメリカのハーバード大学の違いと、成績が良くてもシステムの所為で、いい大学に進学できないという事を示す例でもある。また、内申と修学能力試験、面接、論述などあらゆる部門で高い点数を取らなければならない韓国の入試制度による結果でもある。内申と修学能力試験の成績だけがよくても、あるいは一つの分野で特別に優秀な能力を持っていても、大学に行ける制度がないからだ。修学能力試験の満点者が脱落し、高得点者が特別選抜で大勢脱落する一方、広報用の特別合格が可能な入試制度であるならば、きっとどこかが間違っているに違いない。

21世紀の知識基盤社会で国際競争力の要は教育制度にある。大学入試の枠組みは、教育制度の一環であり、高級知識人材の要請において何よりも重要な事である。しかし、画一的な教育制度と入試制度が教育の展望を暗くしているという批判は昨日や今日の話ではない。これ以上、韓国の教育制度に絶望して、外国へ向かう者があってはいけない。今や父兄であれ政府であれ、高校や大学を始めとする知識革命時代に見合った教育システムの復元を始めるべきだ。

まずは、修学能力試験が修学能力を測定する試験であるのか、それとも適性判断試験であるかを区別し、どうせテストするのであれば、修学能力試験はそれなりの弁別力を備え、自らの位相を建てるべきだ。成績が良くても大学に行けるかどうか不安な制度であれば、何かが間違っている制度であるからだ。

小学校から高校まで標準学力考査で代替することもでき、標準学力考査の成就水準が高ければ、内申を補完的に代替できる交差認定制度も考えられる。優秀な学生の海外流出を防ぐためにも、特殊目的高校は本来の趣旨を生かせるよう育成すべきであり、すべての科目において課外授業を禁じ、学校中心の特別活動を活性化するなど公教育システムを全体的に補完しなければならない。

大学も高校でどんな学生を送り出しても、選抜してから付加価値を創出できる体制に替わるべきだ。修学能力試験の成績、高校の成績、論述試験の成績などすべての分野の点数を合計する「総点制方式」は改善されるべきであり、大学も多段階にかけて選抜をするなど、様々な制度を開発すべきだ。そのためには、大学の選抜の自律性をまず保障しなければならない。入試準備に余念がなかった教育システムの全般を、知識基盤社会型の人材養成システムに大転換すべきだ。子供たちの創意性教育を阻害する一列に並べ式の教育は、‘教育虐待’であり、優秀な学生が外国へ言ってしまうような教育制度を放置するのは、子供たちに対する‘教育放任’である。典型の資料はいろんな事を要求しながらも、選抜法式は一列に並べ式で、何もかも完璧でなければいい大学に行けないようなシステムから一日でも早く脱するべきだ。学力、適性、特技など様々な資料を大学が独自の方法で判断し選抜できる制度が必要だ。

これがハーバード大学とソウル大学の違いだ。ハーバード大学は、大学の自律性と創意性、そして潜在能力を念頭に置いた反面、ソウル大学を始めとする韓国の大学は他律と画一性、そして点数だけを重視していたという事を直視すべきだ。