
スタジアムオーストラリアに入ってから400メートルトラックを一周することは、苦しく、飽き飽きするだけの道程だ。競技場を1周する間、彼の顔は絶望感と悔しさで歪んでいた。右側の膝から流れる血は、見る人の同情を誘った。ゴールを通過すると電光掲示板には2時間17分57秒という数字が表示された。彼の最高記録である2時間7分20秒より7分37秒も遅い記録。
鉛のように感じられる足で競技場のロッカーへと向かうイ・ボンジュ(30、サムソン)は、あまりの虚脱感に何の音も聞こえないように見えた。
彼はロッカーの方にあるベンチに座ると、しばらくの間タオルで顔を覆い、辛そうにしていた。最後になるかもしれないオリンピックで、結局金メダルの夢を叶えることができなかったからだ。96年のアトランタオリンピック以降、4年間準備してきた苦しい訓練の過程が走馬灯のように彼の頭の中を駆け巡った。どんな思いで準備してきたオリンピックであることか・・・。
オリンピックマラソンの月桂冠をかぶる主人公は天が決めるという言葉があるが、この日のレースでは神がイ・ボンジュを見捨てたようだ。先頭グループで順調なペースを維持しているように見えたイ・ボンジュだが、10kmを通り過ぎ、11km程度の地点で前を走っていた選手の足につまずいたのが決定的な悪条件となった。起き上がって再び全力で走ろうとしたものの、既に先頭グループから遠く離れてしまっていた。10km地点まではすべてが順調だった。アスファルトの上で転んだため、右手と膝にケガをした。一度転んでしまうと、先頭チームとの差が開きすぎ、最後までその差を縮めることができなかった。
その上、きついことで有名なシドニーの風まで彼の行く道を遮った。時速26km〜33kmの強風が前方から吹いてきて、ペースを上げることができなかった。イ・ボンジュは運がなかった。今まで金メダルのために本当に努力を重ねてきたのに・・・。その後の言葉が見当たらない。






