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[オピニオン]ディルクシャ

Posted August. 25, 2012 06:13,   

ソウル歴史博物館のロビーには1920年代のソウル安山(アンサン)から見下ろしたソウルの全景とこの頃の写真が比較展示されている。写真にマークと説明がついている30あまりの地形地物の中で独立門近くの仁王(インワン)山の麓に「ディルクシャ(Dilkusha)」がある。ディルクシャは1898年に韓国に来て金鉱採掘業者兼記者として活動した米国人アルバート・テイラー氏が1923年に建てて住んでいたアメリカ式の赤煉瓦造り2階建て建物の名前である。

◆テイラー氏は1919年、UPI通信社のソウル特派員として活躍し、3・1抗日独立運動をニュースとして配信し、世界に知らせた。氏は、このことで6ヵ月間西大門(ソデムン)刑務所(今の独立公園)に入れられたが、1942年に追放されるまでディルクシャに住んだ。この建物は梁起鐸(ヤン・ギタク)氏とベセル(Bethell)氏が共同で発行した大韓毎日(テハンメイル)新報の社屋として使われたものとも推定され、ソウル市が数年前から登録文化財指定を推進している。建物の向かい側には壬申倭乱(文禄・慶弔の役)当時都元帥(朝鮮軍総司令官)だった権慄(クォン・ユル)が植えたと伝えられる樹齢420年の巨大な銀杏の木がある。地名が杏村洞(ヘンチョンドン)になった所以である。歴史家たちは銀杏の木の周辺に権慄の家があったと見ている。

◆ディルクシャはテイラー氏の息子のブルース・テイラー氏が2006年に来韓したとき、実体が確認された。彼は父親が撮影したソウルの写真17点をソウル市に寄贈して名誉市民証をもらったが、ソウル歴史博物館のロビーの展示されている古い写真も父親の作品である。ディルクシャは寂れたものの美しく気品を保っており建築史的に大きな意味がある。鍾路(チョンロ)区の関係者は、「今年4月、ディルクシャの持ち主である韓国資産管理公社から文化財登録への同意を取り付けたが、数十年間建物を無断で占拠して暮らしている低所得層10世帯あまりの移住対策が立たず手をこまねいている」と話した。

◆ディルクシャはヒンディー語で「理想郷」に訳されるが、もともとの意味は「心の平和」である。理想郷を意味する言葉は、それぞれの言語によって異なる。中国人は桃の花が咲く場所、武陵桃源と言った。日本語では人為的なものがない自然のままの世界「無何有の郷」、古代英語ではアーサー王の宮殿キャメロットで、ラテン語では現世がないところを意味するユートピア(Utopia)だ。スペイン人たちはエルドラード(黄金郷)と呼んで現世性を誇示した。アルゼンチンはスペイン語で「銀郷」を意味する。言語は哲学だ。心の平和を理想郷としたインド人たちが羨ましい。テイラー氏は、日本帝国主義の支配下で苦しんでいる韓民族に平和がもたらされることを祈願し、自分の家にそのような名前をつけたのかもしれない。

虚承虎(ホ・スンホ)論説委員 tigera@donga.com