04年、米国のワクチンの約半分を生産・供給していたカイロン社の英リバプール工場で、生産ラインがバクテリアに感染する事故が発生した。英政府は直ちに生産禁止の措置を取った。この工場では、米国に空輸される4800万人分のインフルエンザワクチンが製造されていた。いきなり供給が途切れると、米全国で大きな混乱が発生した。ワクチンの価格は通常の10倍にあたる800ドルに値上がりし、ワクチンが病院で盗難される事件が相次いだ。当時、米国は大統領選挙の真っ最中だった。民主党のジョン・ケリー候補は、ワクチン不足の事態をブッシュ大統領の無能のせいにした。ワクチン問題はイラク戦争と共に04年米国大統領選で最大の争点となった。
◆以後、米政府は「バイオ主権」に関心を持ち始めた。バイオ主権とは、自国内でワクチンをはじめ必須医薬品を生産し、調達できる能力のことを言う。バイオ主権がなければ、新型フルのような病気が広がる際、他国に頼らなければならなくなり、それでも確保できない可能性もある。ブッシュ大統領は、「テロとの戦争に劣らず、大流行に備えるのが大統領の義務だ」とし、議会を説得して予算を確保した。現在、米国が全国民の50%に投薬できるタミフルを確保できたのもそのおかげだ。
◆ワクチンは、感染病の流行時期がやってくる前に抗体が形成できるよう、適期に、必要な量を供給しなければならない。インフルエンザの予防のためのワクチンは、有精卵を利用し生産されるが、生産にだけ数ヵ月がかかり、上半期に次のシーズンのワクチンを一気に製造する体制で運営される。このため、感染病の流行に対する予測を間違えたり、緊急な事態が発生すると、最初から再び生産ラインを稼動しなければならず、調達方法がままならなくなる。
◆わが国はバイオ主権を確保できていない。国内でインフルエンザワクチンを生産しているのは緑十字の和順(ファスン)工場が唯一で、ワクチンの製造に必要な有精卵を生産する技術を持つ会社も1社だけだ。政府は昨日、新型フルの治療剤の抗ウイルス剤とワクチンの確保に1700億ウォンの追加予算を投入することを決めたが、その時期が大いに遅れた。足りないワクチンを先に確保しようと、プレミアムを提供したり、権力やコネを動員するといった、映画の場面のような事態が起きはしないか心配だ。
鄭星姫(チョン・ソンヒ)論説委員 shchung@donga.com