李会昌(イ・フェチャン)元ハンナラ党総裁が7日に記者会見を開き、大統領選出馬を宣言する予定だという。ある側近は、「李元総裁は長考の末、政治の一線に再び立つ大きな決断を下すだろう」と伝えた。残念という言葉しか見つからない。李元総裁は結局、韓国民主主義の政治発展にぬぐえない汚点を残すことを決心したようだ。歴史の罪人と言わざるをえない。
李元総裁にとって、出馬は「大きな決断」かもしれないが、国民には裏切りと不道徳の極致に見える。自分を2度も大統領候補に選んだ党に、どうしてそんなやり方で刃を向けることができるのか。02年の大統領選挙でも、経緯はどうあれ、党は李元総裁の当選のために努力し、「不法選挙資金党」という汚名を受け、一部党役員は監獄にまで行ったが、李元総裁は何の責任も負わなかった。党は、李元総裁がケガをしないように踏ん張った。そんな党に報いるどころか、背信行為で応じるとは。
李元総裁は、左派政権の終息の代わりに保守の分裂を選ぶことで、ハンナラ党とこの国に対し、取り返しのつかない過ちを犯そうとしている。李元総裁は、政治指導者として無能でごう慢だったため、「左派10年」を呼びこんだ張本人である。そんな彼が、またも保守の分裂を招くことで、左派政権の残命維持を助ける格好になるなら、これ以上の自己否定はありえない。
李元総裁は、「保守大連合」と候補の「事故」の可能性を出馬理由に挙げようとするが、厚顔無恥な詭弁にすぎない。李元総裁の北朝鮮政策は、ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)候補の北朝鮮政策と大きな違いはない。李元総裁こそ、過去2度の大統領選挙で時流に迎合して矛盾した北朝鮮政策を示した人物だ。そんな李元総裁は「国基憂慮」を云々するが、ハンナラ党や李候補は大韓民国のアイデンティティを否定したことはない。反ハンナラ陣営ですら、李元総裁の出馬を「歴史のコメディ」と言っている。
すべてのことは結局、李元総裁の欲と卑怯な日和見主義から始まっている。党の公式候補の弱みと不安定な党の力学構図をどうにかして悪用し、自分の権力欲を満たそうとする、それ以上でも以下でもない。
一人の大統領病のために、国と国民が再び時代錯誤的な左派政権下で苦しむことはあってはならない。なんとしても阻止しなければならない。たとえ李元総裁が出馬するとしても、国民は賢明に対処しなければならない。国格の危機、国政の混乱、民生の疲弊は、この10年間で十分だ。






