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[オピニオン]廃止論者

Posted May. 23, 2004 22:47,   

最近よく耳にする言葉が「○○廃止論」である。廃止論者たちは、文字通りこの世の中で何かを無くせば、より良い社会になると信じている。ソウル大学が無くなれば学歴主義が無くなり、一部マスコミが消えれば、マスコミの「五穀百果」が熟すと考えている。表立って公論化されなかっただけで、彼らが無くなればいいと思うものは、一つや二つではない。彼らのために論争のテクニックをいくつか紹介しよう。

◆まず、無くそうとする対象が存在することで発生する問題が、深刻だという証拠を掘り出して提示しなければならない。いわゆる強力な動因(motive)問題を絶えず啓発しなければならない。社会に少しも得にならないなら、当然無くさなければならない。しかし、少しでも順機能があるのなら、擁護論にも抗し難いだろう。廃止しようとする対象が、社会正義の具現に障害物(obstacle)であるという証拠も確保しなければならない。少し欠点はあっても障害物とまでは言えないとか、他の障害物も多いのになぜそれだけが対象になるのかという論理を抑え難いからだ。

◆次に、先に提示した深刻な問題が、廃止によりすっかり解決されるという治癒(cure)のビジョンを示さなければならない。廃止後に問題が改善されるどころか、また繰り返される余地があるなら、論争で勝利することは難しい。最後に、廃止にかかるコストが、納得できる水準でなければならない。ゴミも焼却するのに時間と場所とカネが必要だ。まして長年にわたり資本と論理が蓄積された何かを無くすことは、そう簡単ではない。廃止にかかるコストと努力があまりにも大きく、むしろそのままの方がいいなら、論争で勝利することは難しい。

◆論争とは、もとより変化を望む側が申し入れるものだ。現状維持論者たちは、「守城」するだけでいいので、しばしば怠慢で放漫である。このため、論争をしかけ、論争を導き、勝つための証拠を収集しなければならないのは、廃止論者の役割だ。誠実で、理路整然としていなければならず、粘りと根性がなければならない。一度できたものはなかなか消えようとしない慣性の法則とも争わなければならない。そのような莫大なエネルギーを、何かを無くすために使うとは、少し惜しい気がする。

朴ソンヒ客員論説委員(梨花女子大学教授)shpark1@ewha.ac.kr