
思慮深い恋人のようで、同時に度胸の据えた女傑にも見える女優の李美姸(イ・ミヨン)には柔らかいカリスマが漂う。
25日に開封される映画「中毒」で李美姸の役割は、死んだ夫の霊魂が移った夫の実弟の求愛を受ける女だ。霊魂が移った現象を言う「ビンウィ」(憑依)的な言い方で言うと、俳優たちこそ他人の霊魂を受け入れる幻覚なくして、馴染まない生を演じられるものだろうか。普段も物静かな目つきと、あっけらかんとした笑い方を行き来する李美姸流のイメージのオーバーラップ。
◆30分も一人泣きした訳
「中毒」の中の私は、観客たちには到底理解できないような愛を信じ込むように、伝えるべき立場だったんです。シーンの場面場面が、氷の上を歩くような気持ちでした。
こんな言い方をすると、結構俳優らしくなったね、とからかわれますけど、シーンのなかでも「やま」というのがあるんです。映画のなかで長らく印象に残るようなワンシーンのことを言うんですけど、演技をしていると、どの場面が「やま」なのかが分からなければなりません。「やま」のシーンを撮る日は、一日中口も利かず、気を極端に尖らせてしまいます。
「中毒」の「やま」を撮るとき、通常のメロー映画のようにクローズアップで顔をアングルいっぱいにとらえて涙一粒をちょろりと流す構成になっているんだけど、ただ涙を流すだけでは充分に表現されるような愛ではないという気がしたんです。
「監督、ウンス(劇中の人物)をこういう気持ちで表現したくなんいです。私ちょっと泣いてから取り組みます」と言ってはセット場の奥に行ってウンスを考えながら30分も泣き崩れました。大っぴらな泣き方はしないまでも、泣き顔が残っている表情と感情が必要だと感じたんです。ウンスは、霊魂を信じる女ですけど、私もそうなんです。深く愛している人は、目前にいなくてもその気運を感じるじゃないですか。
私って燃えるタイプだけど、それだけで芝居は勤まりません。自分は細かい方なのに、人から自分のことを闊達だと言われると、「結構知った振りするもんだ…」と思っちゃうんです。
◆ただで歳取ったんじゃないから
私のことを、飲み友だちで好かれるタイプだと言うんですけど、その評価って嫌ではないですね。「私、フルーツカクテルしか飲めないの」と言う女優もいるけど、自分の出番だけ撮影して車の中で閉じこもる人もいますけど、私は、そういうのには下手なんです。 現場の雰囲気というのは、主演の俳優がどういう行動を見せるかによって変わってくるから。歳を取るにつれて、そういう部分に対する責任感というのも強く感じられるようになるし。
マネジャーが、私に「まだ若く見えるから27歳だと主張しなさい」と言うんですけど、なんで?ただで取った歳じゃないんだから。自分なりに悩みながら生きてきた人生が、自分の中に溶け込んでいるということは、いたってありがたいことだし、誇らしいものじゃないですか。
私は、サングラスや帽子など使わずに、素顔で映画館に行ってよく映画見てるんです。最近見た映画では、「ライターをつけろ」で金スンウさんの演技がすっごく良かった。彼とは23歳のときに出会って、30歳で別れましたけど、今も一番近い友人です。あの長い時間を共に送ったという因縁がそう軽いものとは思わないし、大切だと思っているんです。
離婚した後の一人暮らしって、つらいじゃないですか。たまに「自分が芸能人じゃなくてもこうなっただろうか」と。「離婚をいとも簡単に考えていたのではないか」と。でも、また同じような状況になっても、離婚していたと思いますね。自分の性格って、イエスかノーなんです。中途半端には苦手なの。三角がうまく描けないのね。一生、演技一徹で送ると豪語したくもないし、一瞬一瞬に充実しながら生きていけば良いと思っているんだけど。
このころは少し疲れている見たいなんです。こんなこと言っていると「疲れてる?あなたが?うっそー」って言われがちだけど。作家の朴婉緒(パク・アンソ)先生が「とても古い冗談」という本の後記で「作品を作りだすのがうんざりするほど苦しまれなければならない」と書いていたことを憶えているんだけど、その通りだと思いますね。それでも時間が経つと、再び苦痛を迎えることに慣れていないと駄目なんだけど、このころは本当に苦しいんです。ちょっと休む時が来たのかもね。
金熹暻 susanna@donga.com






