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[オピニオン]インターネットと「緩い結束」

[オピニオン]インターネットと「緩い結束」

Posted August. 04, 2002 22:27,   

コミュニケーション理論の中に「緩い結束の力」というものがある。社会的なネットワークにおいて、集団内部の強い結束より、他の様々な集団に属する人々の間に形成された、緩い結束の力を強調する理論である。部外者との緩い結束を通じて、集団の中では知り得なかったたくさんの情報を得ることができるが、新たに職を探す際に、内部よりは部外者からさらに有用な情報を得るのが、その一例である。

◆インターネットを通じたコミュニケーションにおいても、緩い結束が力を発揮する。インターネットを通じた緩い結束の中では、さらに多くの多様な情報を得ることができ、地理的な制約にとらわれず、特定の事案に対する専門家探しも容易にできる。「この問題についての解決策をご存知の方?」と質問を投げかけるだけで良い。さらにインターネットでは、プライベートの保護ということから、秘密保持に対するリスクの高い問題についても、容易に助けを求めることができる。また、自分だけのはずだった悩みを、他人も経験したということに気づいた瞬間、ほっとした安堵感とともに、自分の考え方や状況が正常であるか否かに対する「現実チェック」にもなる。

◆だったらインターネット上で、討論の場や掲示板などを通じて集中的に挙がってくる意見のことを「世論」と言えるのだろうか?社会的な争点となる事案が浮上したり、テレビ番組で敏感な問題を討論番組として取上げる時などは、インターネット掲示板では熱っぽい議論が始まる。1日に何千件もの意見が書き込まれ、主張に対する答弁、反論、論じ返しのほか、中には悪口混じりの意見もあり、ついには「サイバーテロ」寸前のところまで白熱することもある。

◆インターネットを通じて誰もが自由に意見を出し合い、民主的な意見交換や世論の収集も可能であろうとの展望と実際の現実との間には、かなりの隔たりがある。掲示板に書き込まれる内容をみると、意見の「交換」ではなく、自分の主張をさらに「強化」していることが分かる。討論の途中で気に入らなければ、誹謗(ひぼう)を並べては勝手に消えてしまうこともある。そのため、インターネット上の世論が形成される過程においては、口うるさい少数が沈黙する多数を支配するといった現象が現れる。「緩い結束」がもたらす弊害と言えよう。このほど、首相代理を検証する過程と野党ハンナラ党の「李明博(イ・ミョンバク)ソウル市長波紋」をめぐり、インターネット上で熱い論争が展開されたことがある。肝心なことは、そうした意見を無条件に世論とみなすのは危険であるということだ。

姜美恩(カン・ミウン)客員論説委員(淑明女子大言論情報学部教授)