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[社説]「ろうそくの狂風」から2年、政府はどういう教訓を学んだのか

[社説]「ろうそくの狂風」から2年、政府はどういう教訓を学んだのか

Posted April. 29, 2010 07:25,   

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MBC番組「PD手帳」が08年、狂牛病(BSE)を巡るろうそく集会の引き金となった「緊急取材—米国産牛肉、果たして安全か」を放送してから、今日で2周年を迎える。同番組やネット上で取りざたされた「狂牛病を巡る怪談」に刺激された女子生徒らが5月2日、ろうそくを手にし、初めて街頭に出た。複数の左派団体が、総集結した「狂牛病の危険性がある米国産牛肉の全面禁止に反対する国民対策会議」が、5月6日から前面に出てデモを組織化し、政権の座についたばかりの李明博(イ・ミョンバク)政権の退陣運動へ拡大した。ソウルの光化門(クァンファムン)都心は3ヵ月以上、暴力が飛び交う無法の地帯と化した。

当時のデモ参加者らは、米国産牛肉を食べると直ちに致命的な狂牛病にかかり、韓国人の94%は遺伝的に狂牛病に弱いというデマをそのまま信じた。ところが、昨年、米国産牛肉の国内販売量は、輸入牛肉販売量の26.5%を占め、今年1、2月は33.3%にまで膨らんだ。ろうそくデモの影響が残ってはいるものの、米牛肉を嫌う傾向は早いテンポで消えつつある。

ろうそくデモを「広場の民主主義」や「直接民主主義」とあおった人々は皆、今どこに隠れているのだろうか。2年前、韓国社会を揺るがしたろうそくデモの追跡研究や分析すら行われておらず、余りにも簡単に忘れ去られている。ろうそくデモの顛末は、一部の左派勢力が政治的目的から、韓国社会を決して短くない期間、狂気に追い込んだ身にしみる記憶である。真なる民主主義の実現に向け、落ち着いて、じっくりかみ締める時間を持たなければならない。

李明博政権は、ろうそくデモの間、後ろに隠れる戦略を貫いた。非科学的な扇動やうその情報に堂々かつ、冷静に立ち向かうどころか、あっけないことに、デモ隊の暴力や不法の前に頭を下げる恥ずかしいシーンまで演出した。08年8月中旬に、デモが自然に消滅するまでの106日間、事実上、無政府状態を放置した。昨年、ろうそくデモから1年を迎え、検察が、「米産牛肉の輸入反対を巡る不法暴力デモ事件についての捜査白書」をまとめたものの、依然もの足りない。

うそや狂気のろうそく集会から2年目を迎え、政府はこれまでどのような教訓を学び、どのような危機克服能力を身につけたのか、謙虚に顧みなければならない。1980年代に狂牛病が蔓延った英国は、狂牛病が下火となった00年、「狂牛病白書(BSE Inquiry Report)」を発行した。10年、韓国では、狂牛病ろうそく白書でもまとめ、後代への戒めとすべきである。