Go to contents

大胆な希望

Posted January. 21, 2021 07:57,   

Updated January. 21, 2021 07:57

한국어

希望はどんな姿だろうか。西洋美術で、希望は花や錨を持った女性としてしばしば描写されてきた。しかし、19世紀の英国の象徴主義画家・ジョージ・フレデリック・ワッツは、全く異なる表現をした。包帯で目を覆った女性が、大きな球体の上に一人で座って、玄の切れたライアーを演奏している。周りには誰もいなくて荒涼としている。孤独と絶望に満ちたこの絵が、どうして希望を象徴するというのか。

一時、「英国のミケランジェロ」と呼ばれたワッツは、当代最高の画家だったが、女王が与える男爵の爵位を二度も断るほど世俗的名誉にこだわらなかった。彼は、寓意的で神話的なテーマの絵を多く描いたが、その中でも「希望」が最も有名だ。絵の中の女は今、地球上にさびしく座っている。ライアーの弦は1本を除いて全て切れている。目は見えなくなり、服はむさくるしく、体は体裁を整えることすら大変そうに見える。それでも女性は渾身の力で、演奏に集中している。その姿を後ろの星影がかすかに照らす。

当時、英国では長い経済不況で神の存在に対する疑念が芽生え、国の誇りが揺らいでいた。画家は個人的にも、生まれたばかりの孫娘を失って、つらい時間を送っていた。深い絶望の中でも決してあきらめない哀れな女性。それがまさに画家が見た希望の姿だった。

絵が公開されると、英国の批評家たちは終末論的だと忌避したが、大衆は感動した。特に、米国の指導者たちに大きな影響を与えた。セオドア・ルーズベルト大統領は、「希望」の複製画を家にかけ、マーティン・ルーサー・キング牧師は、1959年の説教でこの絵を紹介しながら希望を伝えた。バラク・オバマ元大統領はこの絵に着目した「大胆な希望」を、政治演説だけでなく、自叙伝のタイトルとしても使用した。

希望は容易に姿を現わさない。いつも苦難の後に訪れる。そのため、いくら苦しくても生きている限り、絶対に希望を捨ててはならない。多くの人々がこの絵に感動したのも、まさにこのような慰めのメッセージのためだろう。