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民統線の兵営体験「忘れられない韓国の思い出」

民統線の兵営体験「忘れられない韓国の思い出」

Posted December. 17, 2013 03:21,   

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「発射」、「前に進め」、「伏せろ」

韓国語、英語、中国語が入り乱れた仲間の叫びの声があちこちから聞こえてきた。パキスタンから来たサイド・ムハマド氏(25・漢陽大学国際大学院)は、ドラム缶の後ろに隠れ、敵に向って銃の照準を合わせた。残った弾丸は約20発。30人ほどいた敵は10人に減ったが、激しい反撃を受けた。あちこちから弾丸が飛び、30メートルほど先にある敵陣に近付くことは容易ではなかった。

14日午後、京畿道坡州市郡内面(キョンギド・パジュシ・グンネミョン)の民間人統制区域(民統線)内の旧米軍基地キャンプ・グリブス。青色、赤色の戦闘服を着た外国人学生約60人が模擬戦闘を行なった。2チームに分かれて相手の陣地を先に占領すれば勝ちというゲームだ。弾丸の代わりにペイントボールを使い、1人当たり約50発撃つことができる。模擬戦闘は実際の戦闘を連想させるほど緊張感があった。

京畿道と坡州市、京畿観光公社は、約6ヵ月間リモデリングし、同日初めて滞在型安保体験施設に変身したキャンプ・グリブスを公開した。キャンプの半分の約11万7000平方メートルを体験場にした。国内24の大学に通う外国人大学生や大学院生120人余りが、1泊2日の安保体験に参加した。安保体験キャンプができて初めての入所者だ。

ソウルや水原(スウォン)などからバスで2〜3時間かけて来た彼らは、多くが1年から3年間韓国に滞在し韓国語が堪能で、韓国文化への理解もある。しかし、民間人の出入りが統制されたキャンプに初めて来た時、真剣な表情に変わった。キャンプで支給された新型デジタル迷彩戦闘服に着替えた姿が慣れないのか、苦笑いをした。講堂で入所届けを終え、昼食は各自プレートを持って列に並んだ。米軍テントを改造して作った内務室に荷物を置き、テントのあちこちを見回した。

彼らは15日まで模擬戦闘と非武装地帯(DMZ)の形のチョコレート作り、愛国コンサート・レクリエーション、チーム別の催し、就寝・起床の点呼を体験し、第3トンネル、都羅(トラ)展望台、統一村などを見学するなど、韓半島の分断を体験した。

リトアニアから来たクリスティーナ氏(23・亜洲大学交換留学生)は、「60年前にここで激しい戦闘があったという話を聞いて皆神妙な面持ちになった。一般人が簡単に近づけない民統線での1泊2日の兵営体験は忘れることができないだろう」と話した。

部隊の中には、米軍が使った50年前の生活館や体育館、弾薬庫、将校の宿舎、プールなどの施設がそのまま残っている。ビニールハウスの半円形でトタン屋根の「クォンセットテント」も原形のまま保全されている。キャンプ・グリブスは、臨津江(イムジンガン)北側の民統線に位置する唯一の米軍基地だった。南方限界線からは2キロしか離れていない。韓国戦争の直後1953年7月から米軍が駐留し、2004年に米軍が撤収した後10年近く空いていた。

来年2月末まで10回ほど試験運営をした後、小・中・高・大学生、一般人、団体などを対象に体験プログラムを行なう予定だ。具体的なプログラムや日程は後日公示される。参加費は大人8万5000ウォン、学生7万5000ウォン(1泊2日基準・バス費、食代含む)。