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[オピニオン]原州コンフィデンシャル

Posted March. 25, 2013 03:13,   

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建設業者のユン某氏の元現職高官への性的接待疑惑関連記事を目にし、ふと、全米批評家協会の作品賞と監督賞、脚本賞を受賞した1997年度の映画「L.A.コンフィデンシャル」を思い出した。同映画に登場する建設業者は、芸能人志望者を連れてきては、映画俳優のように整形手術をさせ、管理しながら、地方検事や市議員、警察など、有力者らに性的接待の道具として提供する。その性的接待の場面を、こっそり写真で撮り、相手を脅迫するのに使った。この映画に描かれている腐敗の輪は巨大なものだ。検事や政治家、建設業者、芸能界、麻薬組織が皆同業者関係となっている。その後を追う警察や、これを報道するメディアも、その輪から決して自由ではない。

◆この映画は、犯罪小説の巨匠・ジェイムズ・エルロイの同名小説を脚色したものだ。小説の内容は、映画よりスケールがさらに大きい。映画では事件の発生から終わりまで、数ヵ月ぐらいに見えるが、小説では8年間もかかり、1950年代のロサンゼルスの醜くて混乱した社会像を余すところなく暴いている。あまりにも残酷で、目を背けたくなるくだりも多い。結末も原作のほうが一際後味が悪い。映画では、警察・検察が事件を解決しても、真相をきちんと公表しないことで終わっているが、原作小説では主犯すら捕まえることができなかった。小説では、「特定人物や階層が悪いのではなく、社会が上から下まで全体的に腐っている」と冷笑的な見方を持っている。

◆この小説は1940年代後半〜1950年代のロサンゼルスを背景にした、作家の「L.A.4部作」のうち3番目の本だ。第2次世界大戦直後、米国は大量生産や大量消費の中で、経済的豊かさを満喫した。この時期を「黄金の時期」と描く映画や小説も多い。しかし、米国人の精神は疲弊化していた。集団的不安が狂気として爆発したマッカーシズム、むなしさを反抗として表そうとしたが方向性の無かった「ビートジェネレーション」が登場したのもこの時期だ。「ライ麦畑の番人」の主人公であるホールデン・コールフィールドが、既成世代は偽善や偽りで埋め尽くされていると信じ、町をさまよったのもこの時期だ。

◆度胸が据わらなかったのか。江原原州(カンウォン・ウォンジュ)の別荘を背景にした「原州コンフィデンシャル」の物語を目にし、耳にするのが苦しくてならない。気楽に、ある建設業者の創造的(?)違法ロビー事件であり、一部の公職者の不適切な身の処し方だと片付けるのも難しい。性的接待をしたと主張する主婦や大学院生は、何を考えたのだろうか。問題の動画を手にできず、再演して視聴者の目を引こうとするメディアは、いったい何なのか。韓国社会がどれほど堕落しているか目を背けたくても背けさせてくれない。映画や本なら、劇場から出たり、本を閉じたりすればそれまでだが…。「L.A.コンフィデンシャル」の結末とは違って、真相や関連者らが明白に明るみに出ることを願う。

チャン・ガンミョン産業部記者 tesomiom@donga.com