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「5・18当時、民間人を射殺・密葬していた」

「5・18当時、民間人を射殺・密葬していた」

Posted May. 18, 2001 11:36,   

80年5月18日に発生した光州(クァンジュ)民主化運動当時、戒厳軍の一員だった元空輸部隊員が、待ち伏せ中に民間人を射殺し、密葬していた事実があると「告白」した。

大統領直属の疑問死究明委員会(梁承圭=ヤン・スンギュ=委員長)は、「光州民主化運動当時、空輸部隊員が民間人を殺害して密葬したという情報があり、調査を行う過程で、銃を撃った元空輸部隊員(44、会社員)が、このような事実を明かし、現場で一緒に銃を撃った他の元空輸部隊員3人もこれを認めた」と18日発表した。

疑問死究明委員会は、「当時この空輸部隊員らは、現場を通りかかった民間人4人(老夫婦と男性2人)を暴徒と誤認し、報告を受けた中隊長の射殺命令に従って逃げ惑う4人に向かって発砲、このうち1人が頭を撃たれ即死した」と発表した。昨年10月発足後、83件の民主化運動関連疑問死事件を調査している疑問事究明委員会に、加害者が直接「良心的な」情報提供をしたのは初めて。

疑問死究明委員会によると、80年5月22日頃、光州南区ジュナム村近くの南貯水池付近で、光州市から他の地区に向かう人を統制するため、待ち伏せをしていた当時第7空輸特殊戦闘旅団◯◯大隊所属部隊員4人が、通りかかった民間人4人に銃撃を加えたとのこと。

この銃撃により、55年生まれと伝えられている男性1人が死亡し、空輸部隊員は即刻、現場周辺にこの男性を密葬したという。

当時、近くで畑仕事をしながらこの現場を目撃した当時40代の女性(現在62歳)は、疑問死究明委員会の調査で「死亡した男性の遺体を埋めた場所が義父の墓の横だったので、夫と近所の住民が次の日に他の場所に死体を移し、3日後に死亡した男性の父兄と銃撃を受けて逃げのびた男性の3人が訪れ、遺体を持ち帰った」と話している。

また、この女性は「当時死亡した男性は光州で時計店を営んでおり、故郷の全羅南道高興(チョルラナムド・コフン)に田植えに行く途中、惨劇に遭った」と話している。

告白を行った空輸部隊員も、55年生まれで故郷が全羅南道高興の男性は、光州民主化運動犠牲者の公式名簿に載っていないと述べている。死亡した男性の死体を持ち帰った家族などの身元も確認されていない。

疑問死究明委員会関係者は、「26日の委員会全体会議で、この事件を職権で調査するかを決定する」とし、「職権調査が決まれば、死亡した男性の身元と元空輸部隊員の発砲経緯、上部の介入などを精密調査する方針」と述べている。

告白を行った元空輸部隊員は17日、記者会見を開こうとしたが、心境の変化により中断したという。

一方、88年の国会光州民主化運動聴聞会当時、鎮圧軍部隊指揮官らは、民間人を殺害し、不法に埋めたことはないと否定していた。



梁基大 kee@donga.com