Go to contents

申星一氏が死去、妻嚴鶯蘭氏「あの世では物腰の柔らかい女性とつきあってね」

申星一氏が死去、妻嚴鶯蘭氏「あの世では物腰の柔らかい女性とつきあってね」

Posted November. 05, 2018 08:16,   

Updated November. 05, 2018 08:16

한국어

「うちの夫はあの世に行っても、手を焼かせる女性に会わずに、ひたすら物腰の柔らかい女性に会って楽しく手を取り合って、雲に乗ってゆっくり遊んでほしいと言いたいんです」

4日、夫の遺体が安置されたソウル松坡区(ソンパグ)にある峨山(アサン)病院の葬儀場で会った俳優の嚴鶯蘭(嚴鶯蘭)氏(82)は、生涯の伴侶だった申星一(シン・ソンイル)氏に最後にこのような言葉を残したいと明らかにした。1964年、世紀の結婚式を挙げた申氏と嚴鶯蘭夫婦は、愛と恨み、愛憎と思いやりで55年の歳月を一緒にした。

夫婦が縁を結んだのは、「裸足の青春」(1964年)に一緒に出演してからだ。嚴氏は夫について、「家庭の男ではなかった。社会の男、大門の外の男であり、家の中の男ではなかった。仕事に打ち込んで、家のことはすべて私に任せ、映画ことだけを手がけて出回った」と振り返った。彼女は「家に夜遅く帰ってきて寝てから朝早く出ていくことしか知らなかった。年取ってから楽しく生きようとしていたのに、私の運命がそれまでかもしれない」と残念がった。

申氏の遺言は、彼の人生のように自由でロマンチックだった。嚴氏は、「娘が『パパ、財産は何があるの?』と尋ねたところ、『財産なんかない」と答えたという」と笑って話した。それとともに「ママに行って『本当に苦労したし、ありがたいと伝えてほしい。悪かったとも伝えたほしい』と話したそうだ」とし、「社会的な男であり、仕事しか知らない男だったが、尊敬するだけのことはあったので55年間を一緒に暮らした。物腰の柔らかな柳のような男だったら、そこまではできなかっただろう」と語った。

申氏は死ぬ直前まで撮影予定だった映画「ソファクヘン(些細ながら確実な幸せ)」(仮題)の細かい準備事項まで直接気にしていた。嚴氏は、「うちの旦那は骨まで映画が染み込んだ映画人だ」とし、「気を失う瞬間も、映画はこう撮って、あのように作って…、そんな姿を見ながら、胸が痛かったが、『そこまで映画を愛するんだ』と感じた」と語った。

危機の時に輝いた夫婦の愛だった。嚴氏が2015年12月、チャネルAの健康情報番組「私は身体の神だ」に出演して乳がんの確定診断を受けると、20年以上も別居中だった夫が走ってきて手厚く看護した。嚴氏はその翌年の1月に手術を受けて全快後、「手術後目を覚ますと、とある男がベッドを押していた。誰かと見ていたら、あんなに悪口していた夫だった。しばらく会っていなかったが、緊急状況に現れるから、医者よりも心強く感じられた」と感謝の気持ちを示した。

逆に申氏が昨年、肺がんの診断を受けると、嚴氏は数千万ウォンもする医療費を負担しながら、夫への愛情を見せた。嚴氏は今年3月、チャンネルAのニュースTOP10とのインタビューで、「私の夫である申氏がみすぼらしく死ぬわけにはいかない。最後までVVIPの特室で過ごせるように医療費を準備した」と直接明らかにした。


柳原模 onemore@donga.com