Go to contents

あと27km残して…「美しい失敗」

Posted March. 10, 2007 07:45,   

한국어

「ベストを尽くしたので後悔はありません。大自然が許さないことを謙虚に受け入れて、失敗を大事な経験にし、また挑戦します」

朴英碩(パク・ヨンソク、44、ゴールドウィンコリア理事、東国大学山岳部のOB、写真)遠征大将の声は、先ほど死の地から救助された人とは考えられないほど強かった。

朴大将が率いるベーリング海峡横断遠征隊(後援東亜日報、(株)LG、ノースペース)が9日、強風による流氷の速い移動を勝ち抜くことができず、残念ながら遠征を中断した。

朴大将と呉熙俊(オ・ヒジュン、37、ノースペースアルパインチー・西帰浦ヨンチョン山嶽会)、イ・ヒョンモ(28、関東大学山岳部のOB)ら3人で構成されたベーリング海峡横断遠征隊は9日午前7時5分(韓国時間)、米国のアラスカのスワード半島から27km離れた北緯65度18分30秒、西経168度19分26秒の地点で、米軍のヘリによって救助され、近くの小さな村に無事に着いた。

5日午前9時35分(現地時間午後12時35分)、ロシア・チュコート半島のウエレン海岸(北緯66度1分、西経169分38秒)を出発して「3日21時間30分」ぶりのことだ。当初、遠征隊は19日、直線距離で88km離れたアラスカ州の海岸村であるウェールズ(北緯65度35分、西経168度)到着を目標にしていた。

遠征隊は零下30℃以下の厳しい寒さとともにわずか20mの前で大型の鯨に出会うか、荒々しい北極グマと代置するなど危ない状況もあったが、遠征初日5時間で10km進むなど順調な歩みを見せた。

しかし、強風という「自然の力」の前には力不足だった。遠征を始めてから2日間南風が吹き、いつも北方に流れる潮流とともに氷版が最高時速3kmまで北方に動き、寝て起きると北極海の方に押される悪循環が続いた。

遠征3日目の7日から風の方向が西北風に変わり、流氷が流れる方向も東南方に変わり、剣阼ノ行進する遠征隊に有利になると予想された。しかし、風の強さが問題だった。台風(秒速17m以上)をしのぐ秒速20m以上の強風が続き、流氷が遠征隊の足では追い付くことができない時速5.8kmで動き、遠征隊は太平洋の方に流れ続けたため、結局、救助を要請せざるをえなかった。遠征隊が乗り込んでいた流氷は救助直前の8日の夜だけでおよそ50km近く南方に動いた。

ベーリング海峡は予測不可能な潮流と強風で史上たった2回だけ徒歩横断が許された高難度の探険コースだ。

朴大将は2005年、山岳グランドスラム(ヒマラヤ8000m級14坐と世界7大陸最高峰を完登、南極点および北極点到達)を実現するやいなや、次の挑戦対象地をベーリング海峡にし、2年近く遠征を準備してきた。APなど世界の主要通信はアンカレッジ発で今回の遠征隊のベーリング海峡横断の挑戦と救助のニュースを大きく取り上げた。

「失敗を土台に必ずまた挑戦する」という朴大将ら遠征隊は15日頃帰国し、31日世界最高峰のエベレスト(海抜8850m)西南壁の方の新しいルートを開拓するために、ネパールに発つ予定だ。



jeon@donga.com