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独立宣言書の「コピー」のおかげで成功的な3・1運動が可能だった

独立宣言書の「コピー」のおかげで成功的な3・1運動が可能だった

Posted March. 10, 2020 08:04,   

Updated March. 10, 2020 08:04

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3・1独立運動当時、普成社(ポソンサ)で印刷した独立宣言書は2万1000枚。全国で行われた民族挙げての抗日運動の需要にどのように対処したのだろうか。「3・1独立宣言書のガリ版」について最近研究しているキム・ドヒョン独立記念館研究委員は、「各地では、複数の組織を通して伝えられた独立宣言書を見て、これを当時謄写して配布しながら万歳デモに突入した」とし、「3・1運動の拡散に大きく寄与したのはガリ版の宣言書だ」と明らかにした。

「惟我民族は、世界の大勢に照らして正義と人道に基づき、民族自決の原則によって、最大の決心と最後の誠意をもって朝鮮の独立を宣言する」

咸鏡北道(ハムギョンブクド)ソンジン郡の万歳デモで使われた宣言書の冒頭だ。3・1独立宣言書が複数の段落にまたがって記された内容が圧縮されている。キム研究委員によると、ガリ版の宣言書は、慶尚南道河東(キョンサンナムド・ハドン)で使ったもの(写真)をはじめ、このように一枚の紙に入るように作った要約本が多かった。万歳デモの現場で読んですぐにデモに入ることができるように、可能な限り簡単に作ったのだ。崔南善(チェ・ナムソン)が草案を作った3・1独立宣言書は漢字がたくさん混ざっていて、デモ現場で大衆が理解するのは難しかったこともある。ガリ版に合わせたので、宣言書の紙のサイズが小さかったことも、要約をしたもう一つの理由だ。


趙鍾燁 jjj@donga.com