Go to contents

猛暑の中、釜山~ソウルの500キロを「光復マラソン」

猛暑の中、釜山~ソウルの500キロを「光復マラソン」

Posted August. 16, 2016 06:48,   

Updated August. 16, 2016 07:11

한국어
15日正午、黒く日焼けしたとある男性が、小さなカートを押しながら「平和!統一!」を叫びながら、ソウル光化門(クァンファムン)広場にある世宗(セジョン)大王像前に走ってきた。猛暑にもくじけず、12日間、釜山(ブサン)からソウルまでを休まず走ってきたが、彼の顔から疲れた気配など見当たらなかった。かえって幸せな表情だった。

その主人公は、ほかならぬ「平和統一のマラソンランナー」であるカン・ミョング氏(59)。氏は、「日本帝国植民地時代に強制連行されて戻れず、異郷の地で死亡した被害者たちの遺骨を、祖国に移すべきだということを伝えたくて、500キロを走ってきた」と話した。4日、釜山聖知谷路(ソンジゴクロ)にある抗日学生義挙記念塔を出発したカン氏は、大邱(テグ)、大田(テジョン)、忠清南道天安(チュンチョンナムド・チョンアン)、京畿龍仁(キョンギ・ヨンイン)を経て、光復(日本植民地からの独立記念日)71周年を迎えた同日、光化門広場にゴールインした。

初日から気温はずっと35度を上回った。40度を超える日もあった。アスファルトは素足で触れれば火傷をするほど暑かった。1.5リットル入りミネラルウォーターを毎日5本ずつ飲みながら、毎日10時間ずつを走った。適当な宿舎がなければ、テントを張って寝た。彼と一緒に走ったカートは、テントや寝袋、保冷ビンや様々な薬でいっぱいだった。

きついマラソンでの国土縦走だったが、氏は、「殺人的猛暑に疲れたりもしたが、苦労するほど人々から注目を集めることができると思った」と言い、「子孫としての道理を果たすために走っただけだ」と勇ましく答えた。先祖の冤魂を連れ戻すべきだという自分の気持ちを広く伝えることができれば、猛暑なんて乗り切ることができると、自ら心を引き締めたと、氏は付け加えた。

カン氏は、昨年も南北統一を祈願して、カートを引きながら米大陸5300キロを横断して話題を集めた。彼の国を愛する気持ちは、黄海道(ファンへド)出身である父親の影響から始まっている。小さい時から、北朝鮮に関することを多く聞かされてきたため、自然にほかの人たちより統一について強い愛着を持つようになったという。趣味がランニングであるカン氏は、「両足でどの国でも走ることができるのに、北朝鮮だけは行くことができず、残念だ」と言い、「一日も早く平和統一が実現して、北朝鮮の地を走りたい」と話した。

米国で26年間、自動車アクセサリー事業や飲食店経営などを手がけてきたカン氏は、「平和統一」、「強制徴用遺骨送還」を知らせることに力を入れながら、人生の第2幕を準備している。氏は、「来年9月にオランダのハーグを皮切りに、トルコやイランなど、16か国を回りながら平和統一のメッセージを世界に伝えたい」と語った。



정지영기자 チョン・ジヨン記者 jjy2011@donga.com