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ある恩返し

Posted November. 25, 2022 08:36,   

Updated November. 25, 2022 08:36

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自分を重用した恩を考えれば、詩人の宰相・張九齡に対する敬虔さは格別だ。本来、唐玄宗の信任が厚かった張九齡だが、李林甫などの勢力家の謀略に耐える才能はなかった。中書令を務め、荊州の地に左遷されるのを見守った詩人は、下位職に過ぎない自分は何もできないという無気力に自責の念に駆られた。「私はもうすぐ農作業に飛び込み、耕作しながら田園で老いていきます」と話したのは、普段から詩人が目指した夢でもあるが、宰相を勝手に朝廷から追い出す現実をそれなりに慎重に批判してみたことでもある。官職にこだわらないという決心は、詩人が宰相のために取ることができる最上の恩返しであり共感の仕方だ。それでも、自分のこのような気持ちを、雁の便りにでも伝えることができないのは、あまりにも残念だっただろう。

王維は、二十歳になる前に、すでに長安に名を馳せた人材。詩や絵、音楽にあまねく造詣が深かったおかげで、皇室家族など社会上流層との交流が緊密で、20歳の前半にすでに科挙に及第までした。「世界中の誰も認めてくれなかった」という言葉は、このような点で詩人の誇張混じりの謙遜と見られる。ただ、官職から退き、数年間隠居していた王維を張九齡が再び抜擢したのは事実だ。