Go to contents

アジアにはなぜ「死の自己決定権」を認める国がないのか

アジアにはなぜ「死の自己決定権」を認める国がないのか

Posted April. 23, 2024 08:29,   

Updated April. 23, 2024 08:29

한국어

「自分の人生の終末を自分で決める」という考えは、摂理に逆らう傲慢なのか、それとも人間の尊厳を守る基本権なのか。

昨年12月、「助力尊厳死」の許容を期待して憲法訴願に踏み切ったイ・ミョンシクさんは、5年間、毎日訪れる痛みに苦しんでいる。痛みは麻薬性薬物でもうまく鎮まらない。しかし、痛みを1~2%でも減らすには、深刻な副作用を覚悟し、薬をあきらめることはできない。憲法裁判所の判決を待つことが、最近のイさんの唯一の支えだ。

そのイさんが、日本から聞こえてくるニュースに憤慨し、久しぶりにブログに書き込んだ。2019年、アルツハイマー病の女性(当時51歳)を安楽死させた医師の大久保愉一氏(45)に懲役18年の刑が下されたというニュースだ。イさんは、「世の中には無責任な人が多い」と憤慨した。娘を亡くした83歳の父親が「刑が重くても軽くても娘は戻ってこない。第2、第3の娘が出ないことを願う」と言ったことについても、「苦痛に苦しむ娘に父親としてできることが何もないのに、そのまま生かせたいのか」と憤慨した。また、「患者が苦痛に耐えられず、お金を払って死なせてほしいと頼まなければならない状況で、国は何をしたのか」とし、「責任を果たせないなら対策を立てなければならない」と主張した。

日本映画「PLAN 75」は、政府によって安楽死プログラムが実行される世界を描いたが、多くの人の懸念がそのまま含まれている。背景には「あふれる高齢者が国の財政を圧迫し、その被害は若者が受ける」という切実な認識があった。このような制度が広範に実施されれば、どの高齢者が社会的圧迫を感じないだろうか。

3月10日付でイ・ミョンシクさんを取り上げた記事が出た後、リサーチ&リサーチのノ・ギュヒョン代表が、「延命医療決定法及び助力尊厳死法」に関する独自の世論調査結果を送ってきた。記事を見てわざわざ企画したというこの調査は、1000人を対象に、性別、年齢別、地域別、宗教別に標本を設定した。

調査結果によると、延命医療決定法について回答者の65.3%が賛成した。事前延命医療意向書を書いた人は12.7%にすぎなかったが、62%が今後書く意思があると答えた。助力尊厳死法については62.7%が賛成、12.1%が反対した。注目すべき点は、回答者の年齢層が高いほど賛成率が高かったことだ。宗教の有無は大きな影響を及ぼさなかった。

尊厳死や安楽死に関する議論について、個人的には隔世の感を覚える。私は安楽死で死にたい」と公言した日本の作家、橋田壽賀子氏にインタビューした2018年初頭、「変な記者」と思われるのではないかという不安があった。それからわずか5、6年で、韓国社会でも死を真剣に考え、尊厳死に賛成する世論が多数を占めるようになった。高齢者が増え、日常から遠く離れていた死が身近になったからだろう。

一方で、死の自己決定権を認めている国のほとんどが個人主義が発達した欧米の先進国であり、アジア圏にはないことが気になる。生と死に対する視点、個人の権利に対する見方が東西で異なるからだろう。集団主義が強い文化圏ほど、助力尊厳死の道を開けば、偏りが生じるという懸念もあるようだ。

この点で質問を投げかけてみる。韓国は個人主義と集団主義のどちらが強い社会なのだろうか。助力安楽死が許可されれば、節制された使用が可能なのだろうか。最近、保健福祉部は延命医療の中断時期を末期患者から癌や重度の診断を受けた段階に早める案を議論することにした。高齢者問題を扱ってきた立場から肌で感じるのは、韓国社会が非常に早く変化し、偏りが激しいということだ。そして時代の流れは「個人尊重」の方向に進んでいくだろう。この問題について、より真剣な社会的議論と準備が必要な理由だ。