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日本プロ野球最多安打の張勲さん死去

Posted September. 11, 2026 08:54,   

Updated September. 11, 2026 08:54


日本プロ野球最多の通算3085安打の記録を持つ張勲(チャン・フン)さん(日本名・張本勲)が死去した。86歳だった。日本プロ野球名球会は10日、張本さんが9日午後、東京都内の病院で亡くなったと発表した。名球会は、日本プロ野球で通算2000安打または200勝以上を記録した選手らの団体。

1940年、広島県で在日韓国人2世として生まれた張本さんは、東映(現日本ハム)に入団した1959年、パ・リーグの新人王に選ばれて頭角を現した。チームを球団創設後初の日本シリーズ制覇に導いた1962年には、レギュラーシーズンの最優秀選手(MVP)にも選ばれた。1967~70年の4年連続を含め、計7度の首位打者に輝いた。巨人を経てロッテでプレーした張本さんは、1978年5月28日、現在も日本プロ野球で唯一となる通算3000安打を達成した。「安打製造機」と呼ばれた張本さんは、通算504本塁打も記録した。

張本さんは4歳の時、やけどで右手の親指が曲がり、薬指と小指が癒着する障害を負った。翌年には広島への原爆投下で一番上の姉を亡くした。光復とともに「故郷へ行ってくる」と韓国に渡った父親も、翌年に現地で亡くなった。こうした境遇の中、張本さんは「野球で成功し、母に絹のチマ・チョゴリをたくさん買ってあげたい」と野球を始めた。そして日本プロ野球史に大きな足跡を残した。

張本さんは韓国プロ野球が発足した1982年から2005年まで、韓国野球委員会(KBO)の特別補佐を務めた。2007年には韓日の野球交流に貢献した功績などが認められ、国民勲章無窮花章を受章した。70代になっても韓国籍を維持していたが、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の在任中に韓日関係が悪化すると、日本国籍を取得した。

東映でともにプレーした白仁天(ペク・インチョン)元監督が先月15日に死去した際、「同じ時代を駆け抜けた仲間」と追悼していた張本さんも、1カ月足らずで仲間のもとへ旅立った。韓国プロ野球OBの集まりである一球会は、「偉大な野球人生と意義深い功績に、深い敬意と感謝をささげる」と哀悼の意を表した。日本でプレーしていた頃、張本さんを師のように慕った李承燁(イ・スンヨプ)元斗山(トゥサン)監督(現巨人コーチ)は、「強い心を持てと励ましてくださった先輩の温かさを、いつまでも忘れない」と語った。


姜泓求 windup@donga.com