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救急医療システムが麻痺…119も病院も手を打てない[ヒーローコンテンツ/漂流③]

救急医療システムが麻痺…119も病院も手を打てない[ヒーローコンテンツ/漂流③]

Posted March. 31, 2023 08:15,   

Updated March. 31, 2023 08:15

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決して長いとは言えない時間「1分」。しかし、救急患者にとっては生死を分ける時間だ。両手を合わせて回復を祈る家族なら…。愛する人を失うかもしれないという恐怖の時間のように感じるだろう。

イ・ジュンギュ君(13)と母親のユンヨンさんが昨年12月8日に経験した1分がそうだった。ユンヨンさんは息子の脳に出血が起きていることも知らず、救急隊が8ヵ所の救急室に「子どもを受け入れてほしい」と頼んでいるのを見ているしかなかった。

同年10月25日、パク・ジョンヨルさん(39)は、23ヵ所の病院から血管をつなぐ手術を拒否されている間、「足を助けてほしい」と懇願した。東亜(トンア)日報ヒーローコンテンツチームは、救急隊と救急室、手術室の間で起こったジュンギュ君の228分間とジョンヨルさんの378分間の出来事を「1分単位」で振り返ってみた。

2人の患者を搬送した救急隊員、診療した救急室の医師や手術室の医師など31人にインタビューを行った。119総合状況室や中央救急医療状況室の通話記録など未公開資料を含め計1300ページを超える記録を検討し、救急患者が適時に治療を受けられずに「漂流する」間、舞台裏で何が起こったのか追跡した。

その結果、皆がそれぞれの場所で最善を尽くしても、このような悲劇を防ぐことができない救急医療体制の穴が明らかになった。政府が運営する救急医療総合状況板は、119救急隊と救急室の医師が手術医のいる病院を探すのに何の役にも立たなかった。いちいち病院に電話する以外に患者の状態を伝える方法もなかった。

消防庁の119総合状況室とそれに加えて作られた中央救急医療センター傘下の状況室は人手不足でその役割を果たせなかった。何よりも手術室に医師がいなかった。ジュンギュ君とジョンヨルさんが遅れても手術を受けることができたのはむしろ奇跡的だった。

ここに韓国社会の医療セキュリティネットが崩壊した理由を探るための「剖検」報告書がある。

ジュンギュ君の228分間

昨年12月8日午後2時27分。13歳のジュンギュ君が京畿道華城市(キョンギド・ファソンシ)の東灘(トンタン)新都市の自宅で意識を失って倒れているのが発見された。手足が痙攣し、ズボンまで濡らしていた。「救急車、救急車の番号は…」。ユンヨンさんは辛うじて「119」を思い出し、電話をかけた。

ジュンギュ君の脳の中では血管が破裂して血が溢れていた。この時は誰も分からなかった。救急室に行って検査をしてみないとわからない。そのため、ジュンギュ君は2人の医師に会うことになった。救急室の医師と手術室の医師だ。

通報を受けた2分後、チョ・ユンジ班長が乗った119救急車が烏山(オサン)消防署を出発した。消防車の車庫は建物の側面に設計されていたが、交通専門家の意見を反映して正面に変更された。出動にかかる時間を少しでも短縮するためだった。

こうして節約した時間が無意味になる時がある。今回の出動がそうだった。

ジュンギュ君の脳出血を治すには、頭蓋骨を開いてたまった血を抜き、破裂した脳血管を縫合する手術が必要だった。ジュンギュ君の家から車で17分の距離にある亜州(アジュ)大学病院にはその手術ができる医師が1人いた。神経外科のイム・ヨンチョル医師だった。

だが、ジュンギュ君が倒れた時、イム医師は別の患者の手術中だった。長ければ3、4時間かかる手術だが、27分しか経っていない。

通報から13分後、ユンヨンさんはジュンギュ君の濡れた体を拭いていた。救急隊員がドアを叩く。

チョ班長はアパートの前の道路に救急車を止めて、ジュンギュ君の家に向かった。近くの救急隊が出動したら5分くらいで着いただろう。近くの5つの消防署はすべて出動中だった。

ジュンギュ君の肋骨付近を強く触ると「あっ」と反応する。強い刺激には反応するが、意識はない。収縮期血圧110mmHg、心拍数97回/分。血圧と脈拍は正常だが、急いで病院に搬送し、意識を失った原因を探さなければならない。

チョ班長はジュンギュ君を救急車に乗せ、救急室に電話してみる。ほとんどの救急室は小児科医が不在の場合、15歳以下の患者を受け付けないため、手当たり次第に救急室に電話することはできず、まず小児科医が常駐しているところに電話してみることにした。行ける病院が見つかったら、救急車を出発させることができる。

2:49 チョ班長は翰林(ハンリム)大学東灘聖心病院に電話した。「唯一の小児青少年科医が非番だ」と言われた。

2:50 カトリック大学聖ヴィンセント病院に電話した。「医師はいるが、すでに患者が多すぎてもうベッドがない」。

2:50 亜州大学病院に電話した。「担当医が不在」という答えが返ってきた。

これら3つの病院は、普段は小児科の医師がいるところだが、いずれもジュンギュ君を受け入れられないと言った。

救急車には近くの救急室に空きがあるかどうかを示す「病床情報状況版」がある。まったく役に立たない。小児を診る医師が勤務している病院に行かなければならないが、そんな情報は出てこない。

亜州大学病院の小児救急室のチョン・ウンジェ医師は、ジュンギュ君の状態を伝えられた。小児の痙攣には様々な原因がある。ただ熱が原因なら熱を下げればいいが、脳炎やてんかんが原因なら、それに合った治療を施さなければならない。

小児痙攣の原因を検査し、治療できるこの病院で唯一の小児神経専門医が、新型コロナウイルスに感染して隔離中だった。もしジュンギュ君が懸念どおり脳炎やてんかんなら、治療可能な別の病院に搬送しなければならない。そうして時間がかかると、脳に問題が生じ、重症化すると死亡する可能性もあった。

チョン医師は「別の病院を探した方がいい」と答えた。

2:51 盆唐(ブンダン)ソウル大学病院に電話した。「来ても長い時間待たなければならない」と言われた。

2:56 盆唐チャ病院に電話した。「来ても入院は難しい」。

この病院には小児入院患者のケアをする人手が不足していた。すでにキャパシティ以上の患者が入院していた。この日もこの救急室では100人以上の患者を診療した。別の病院が小児患者を受け付けないため、この病院に患者が集まった。1年前には、痙攣を起こして心臓が止まった生後30ヵ月の子どもが1時間かけてここに来たこともあった。その日、小児救急室はその子どもを治療するために他の患者を受け入れなかった。

3:07 翰林大学学聖心病院に電話した。「病床は飽和状態」。

チョ班長は救急車を出発させた。目的地はない。とりあえず北へ向かう。城南市(ソンナムシ)盆唐区と安養市(アンヤンシ)まで電話をしてみたが、来てもいいという病院はなかった。

このままではソウルを越えて京畿道北部まで行かなければならないかもしれない。そこの病院まで調べるには手が足りない。119総合状況室に「病院を調べてほしい」と助けを求める。

ジュンギュ君の熱を下げるためにヒーターを消して停車していた冬の救急車の中、電話を手にしたチョ班長は寒さを忘れた。

通報から41分後、チョ班長の要請により、京畿道消防災害安全本部119総合状況室の職員はジュンギュ君を搬送する病院を探し始めた。事情は現場の救急隊員と変わらなかった。一軒一軒電話して患者の状態を説明し、受け入れ可能か尋ねた。

3:08 状況室の職員は盆唐ソウル大学病院に電話した。「近くの病院に搬送できない場合は来てもいいが、まず新型コロナウイルスの検査をしなければならない」と言われた。

3:10 チョ班長は東水原(トンスウォン)病院に電話した。「小児科医がいない」。

3:11 状況室職員は亜州大学病院に電話した。「他で受け入れない場合、ここで応急処置は可能」と言われた。

3:12 チョ班長は平沢(ピョンテク)グッドモーニング病院に電話した。「大病院に行くことを勧める」。

3:16 状況室職員はカトリック大学聖ヴィンセント病院に電話した。「ここでは搬送可能かどうか確認できない」と別の番号を知らせた。

3:18 スタッフは再びカトリック大学聖ヴィンセント病院に電話した。「すでに集中治療室に待機患者が3人いるので難しい」と言われた。

状況室で救急通報と案内を担当する職員は全国で245人。そのうち40人が契約社員だ。この日、ジュンギュ君の搬送病院を調べた職員は、2ヵ月後に契約が終了して退職した。正社員であっても2、3年で別の業務に異動する。専門性が蓄積されにくい構造だ。

状況室を通じてジュンギュ君を受け入れてほしいという2度目の電話を受けたチョン医師は少し驚いた。「平日の昼間なのにまだ病院が見つからないとは」。意識がまだ戻っていないというのは心配だ。「応急処置は可能です、早く来てください」。

通報から55分後、チョ班長は状況室職員が教えてくれた各病院の状況を素早く確認した。応急処置は可能だが詳しい検査が難しいという亜州大学病院、検査は可能だが集中治療室の待ち時間が長いという聖ヴィンセント病院のどちらに行くか選択しなければならなかった。

どちらの病院も状況は不確かだが急いで決めなければならない。ジュンギュ君の状態はどんどん悪くなっていた。亜州大学病院に行くことに決めた。

通報から65分後、ジュンギュ君を乗せた救急車がついに亜州大学病院の救急室に到着した。

通報から77分後、チョン医師は急いで診療を終え、ジュンギュ君が待つところに行く。先に来た子どもたちが多かったが、ジュンギュ君から診療する。救急室の診療は早く来た順ではなく、重症患者からだ。

ジュンギュ君の状態を見ると、長時間意識が戻らないのは不思議だ。血圧も高い。「昨日から目が痛いと言っていた。今日は頭が痛くて学校に行けなかった」というユンヨンさんの言葉が決定的だった。脳出血の時に現れる症状だ。チョン医師はジュンギュ君を検査室に送った。

通報から114分後、脳検査の結果が出た。脳出血だ。出血が多すぎて脳が片側に押された状態だった。

チョン医師の連絡で神経外科の専門医が1階の救急室に駆けつけ、ジュンギュ君の状態を見てイム医師に電話した。

イム医師は3階の脳血管手術室でまだ患者を診ていた。途中でしばらくジュンギュ君の脳の写真を見た後、追加の検査を指示した。イム医師は「早く終わらせて行く」と言ったが、焦った。今手術中の患者も放っておくわけにはいかなかった。

通報から228分後、イム医師は診ていた患者が安定していることを確認し、ジュンギュ君の手術を開始した。午前5時40分に出勤したイム医師の一日が12時間35分経過した時刻。彼は頭と首に再び保護具を着けた。

ジュンギュ君の頭を開き、頭蓋骨に穴を開ける。出血で脳内圧が上昇し、血が吹き上がる。血を抜いて圧力を下げる必要がある。そして、破裂した脳血管を縫合しなければならない。どれも急がないと植物人間になるか、死に至る可能性がある。出血が多すぎる。死亡率は40%以上だ。

「ジュンギュ君がもう少し早く来ていたら…」。イム医師は思う。5時間7分の治療が始まった。

チョ班長は、翌日の午前9時までさらに7件の出動の間もずっとジュンギュ君のことを考えていた。「どうなったのか」。ジュンギュ君が脳出血であることも、生死の瀬戸際にあることもチョ班長は知らない。患者の診療結果は救急隊には共有されない。チョ班長は答えが見つからない疑問を繰り返すだけだ。「ジュンギュ君のような子にまた会ったらどうすべきか」。

ジュンギュ君のように生死をさまよう瞬間にも病院を探し回る患者はどれほどいるのだろうか。正確な統計すらない。

消防庁の公式資料には「再搬送」の統計がある。救急車が患者を乗せて救急室の前まで行ったが、受け入れてもらえず引き返した事例を集計した数だ。2021年は7634件だった。しかし、この数字は、実際の「たらい回し」のごく一部に過ぎない。直接救急室の前まで行って断られた患者だけがここに記録されているからだ。ジュンギュ君のように、電話の問い合わせで拒否されたケースはここに含まれない。救急隊の搬送問い合わせの電話を断った記録はどこにも残っていないからだ。

実際の「漂流」を垣間見ることができる数値がある。京畿道消防災害本部は昨年、全国で唯一「電話受け入れ拒否」を集計した。救急患者44万6866人を搬送した。そのうち、病院が一度で見つからず2ヵ所以上に電話したケースは8万5099人だった。全体の搬送患者の5人に1人だ。最初に電話した病院が受け入れなかった患者の中には、心停止や意識障害、胸の痛み、呼吸困難、痙攣など重症の疑いがある患者も1万8565人いた。

これまでに、このような経験をした患者が全国に何人いたのか、適時に治療を受けて命が救われたのか、正確に確認する方法はない。