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春の花を待ちながら

Posted March. 11, 2022 08:50,   

Updated March. 11, 2022 08:50

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春を待つ切実なときめきを盛り込んだ歌。立春頃になると、天地におぼろげに春の気配が漂っているが、花の香りを嗅ぐには早い。2月に入ると、か弱い草芽がうれしく詩人の目に入る。まだ花は咲いていないが、草芽ならば、春の伝令として遜色がないので、長い冬に耐えてきた人たちには意外な喜びだろう。ところが、春の遅い歩みが気に入らないのは白雪も同じで、「まるで花びらでもあるかのように」木の枝の間を歩き回りながら春を促している。詩人の心の中には、すでに春の花が舞っている。

雪と花は、よく互いの比喩物として使われる。一輪という単位で一緒に結ばれるのも面白い縁だ。「一晩中に、突然春風でも吹いたように/木という木ごとに梨の花が満開になった」(蚕参)や、「虚空で咲いては散る/風に砕ける/白い葉/春の日、一番先に散る花」(イム・ジェゴン、「春の雪」)などの詩句が目を引くのも、こうした背景からだ。そういえば、降りしきる雪を花びらに例えたのは、奇抜でもない。「奇験詩派」という別称で呼ばれた韓愈特有の詩風に比べると、この喩は物足りない感じがする。濃い叙情性や平易な表現も、当時の典型的な姿だ。これは奇異な発想や僻字、難渋な表現を好んで使うことで、当時の主流から外れていた彼の他の詩とは打って変わっている。唐松散文の鼻祖、韓裕には、「杜詩韓筆(詩は杜甫、文章は韓裕)」という栄誉がふさわしい。