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希望の地に到達すること

Posted December. 21, 2021 09:51,   

Updated December. 21, 2021 09:51

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一時、韓国社会にも「クリスマスは家族と共に」というスローガンが流行したことがあった。韓国で故郷を訪れる名節が秋夕(チュソク)だが、西欧文化ではクリスマスだ。そのためか西欧の戦争では戦況が有利になれば必ず「今年のクリスマスまでに戦争が終わる」という噂が広まる。1944年のノルマンディ上陸作戦が成功すると、連合軍の兵士の間でもこのような噂が広まった。しかし、雪が降ってクリスマスが近づくと、米軍兵士に衝撃を与えたバルジの戦いが始まった。兵士たちは家に帰る代わりに雪と寒さの中で凍傷、死、そしてクリスマスをドイツ軍の捕虜収容所で送ることになるかもしれないという恐怖の中で戦わなければならなかった。

韓国戦争でも、仁川(インチョン)上陸作戦後に勝ち進んで北進し、クリスマスが希望の日となった。司令部もクリスマスのために急いだ。1950年の長津湖(チャンジンホ)戦闘の参戦者は暖かい所でクリスマスを迎えることはできた。クリスマス前、連合軍は興南(フンナム)撤収作戦を通じて北朝鮮を後にした。定員60人だった民間貨物船メロディス・ビクトリー号が避難民1万4000人を乗せて巨済島(コジェド)に到着した日が12月25日だった。兵士たちの多くが24日以前に釜山(プサン)港に到着した。大きなクリスマスのプレゼントを受け取ったものの、零下30度の極寒と雪の中での長津湖戦闘で兵士たちは殺人的な苦難を経験した。主力だった米海兵第1師団で、戦死者と負傷者を除いて歩いて興南を撤収した兵士は3分の1にしかならなかった。中国共産軍は4万~10万人に近い損失を被った。

希望に対する相反する理論がある。個々人の成功談ではいつもこのように話す。「希望は絶対皆さんを裏切りません」。戦死では反対だ。最悪の状況の裏には常に「根拠のない楽観」が占めている。希望は感情の領域で楽観は実践の領域だ。冷静で正確に、理想と現実を混同しない賢明さを持ってこそ希望の地に到達することができる。

歴史学者