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[オピニオン]光化門の扁額と4河川

Posted November. 05, 2010 07:57,   

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朝鮮(チョソン)時代、景福宮(キョンボクグン)の正門として建設された光化門は、たびたび受難に見舞われた。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に燃やされ、興宣(フンソン)大院君が景福宮と共に改築した。日本植民地時代、景福宮建春門(コンチュンムン)の北側に移され、韓国戦争の時は、御影石の石積みの上の木造楼閣が消失した。1968年、再び復元されたが、元の位置から東北のほうに10数メートル外され、木材の代わりに鉄筋コンクリート構造で建設された「半分の復元」だった。

◆今年、光復節(クァンボクチョル=独立記念日)に合わせ、元の場所に復元された光化門の扁額にひびが入っている。「光」の字の左に、上下に長くひびが入り、「化」の字の下にも一部ひびが入っている。多くの専門家は、材料に使われている松の木が、完全に乾かない状態で扁額として制作され、ひびが入ったと見ている。一方、扁額製作に参加した職人たちは、「伐採してから3年以上も十分に乾かした」と反ばくしている。正確な原因はさらに調査をしなければならないが、工期短縮の後遺症である可能性もある。光化門の復元は当初、今年末に終える予定だったが、主要20ヵ国(G20)首脳会議や独立記念日に合わせるため、2度も繰り上げられた。

◆文化財庁は、「陸松に現れる一般的現象で、鄹壽宮(トクスグン)の大漢門(テハンムン)扁額も、木にひびが入っている」、「乾いた秋の天候により、扁額に使われた木が収縮してできた自然現象だ」と主張した。しかし、完成から3ヵ月足らずで、扁額にひびが入ったことは、誰が見ても納得できない人災だ。文化遺産を復元するためには、それに伴って予想されるあらゆる状況に備えるのが常識だ。ひとまず、責任を逃れようとする公職社会の旧態を目にするようで、後味が悪い。

◆光化門の扁額を巡る騒ぎは、盛んに工事が行われている主要4河川事業にも示唆するところが大きい。主要4河川再生事業は、特定政権の問題を越え、主要河川や国の未来のために役立つ国策事業だ。しかし、工事の過程で雑音や副作用が現れ、小さくても不良工事が明らかになれば、事業の本質はさておき、「尻尾が体を揺さぶる」式の議論が膨らみかねない。ただでさえ、この事業の成功に対し、ひそかに恐れをなしている一部勢力の政略的な揚げ足取りが、下火にならないのが現状ではないか。政府や地方自治体、施工会社は皆、気を引き締め、工事が完璧に進むよう努めるべきだ。

権純活(クォン・スンファル)論説委員 shkwon@donga.com