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金冠をかぶった王を見たことありますか?

金冠をかぶった王を見たことありますか?

Posted November. 19, 2005 08:28,   

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最近「国宝第1号の変更論争」で、あらためて国宝に対する関心が高まった時期であるだけに、この本には、いっそうの関心が集まる。著者は国宝に関する情報という骨組みに、小気味のいい文体とエピソードという肉と血を付与し、国宝に生命を吹き込んだ。

単純な国宝礼賛ではなく、第1号の南大門(ナムデムン)から第308号の大興寺(テフンサ)北弥勒庵磨崖如來坐像に至るまで、それらが国宝に指定された事情と歴史から、盗難・掠奪、毀損・復元、にせ物論争とそれをめぐる詐欺劇に至る事情を紹介した。まるで居間に座って著者と親しく話を交わすかような気分にさせる本書を読むうちに、国宝は単に過去の遺物であるのではなく、今私たちとともに呼吸する「物質化された現在」だということがわかる。

「国宝とは何か」を取り上げた第1章は、国宝と宝物(重要文化財)がどう違うかから考察する。二つとも芸術的価値の優れた伝統文化遺産だが、最低限100年以上の歴史があるものを国宝の基準にするという。第2章は統計でみた国宝、相棒を失った国宝、名前のまちがっている国宝など、国宝にまつわるさまざまな話題を取り上げている。国宝の価値を金に換算したところがおもしろい。市場で取り引きされることはないため、保険価格で計算した。最も高い保険価格を記録した国宝は、金銅弥勒菩薩半跏像(第83号)で、500億ウォンに達する。

第3章の国宝ミステリーでは、新羅(シンラ)金冠の実体、八万大蔵経をつくった人は何人だろうか等、興味津々の話が展開される。「代表的な国宝を一つ挙げよと言われれば、金冠だ。全世界に10点余りの金冠のうち、8点が韓国にある。…その昔の王たちは、本当にこの金冠を使ったのだろうか。…金冠は生きている人のものではなく、死者のための一種のデッドマクスだった。」

特に第6章の国宝比較鑑賞では、美術史を専攻した文化財専門記者である著者の眼力がさえる。修徳寺(スドクサ)の大雄殿と浮石寺(ブソクサ)無量寿殿を直線と曲線の美学によって比較し、塔と浮屠を通じて石の美学を語っており、多様な青磁・白磁の国宝を通じて華麗さと淡泊さを対比させた。500カット余りの参照図版と詳細リスト、所在地、所蔵先、特徴と鑑賞のポイントまで載せ、興味を加えた。



angelhuh@donga.com