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[ワールド]そのお爺さんにその孫娘

Posted November. 04, 2005 07:13,   

한국어

2日、モスクワの中心街にある国立モスクワ大学内の韓国学センター。

1991年から同センターを運営してきたミハイル朴(パク、87、韓国史)モスクワ大学名誉教授が、孫娘のビクトリア(26)氏と『三国遺事』の原典(漢文本)とハングル本をめぐって討論している。

モスクワ大学で初めて韓国史専攻で歴史学博士号を取得して、1949年から同大学に在職中の朴教授は、ロシア韓国学の「父」と呼ばれている。

スヒニン在韓ロシア公使にティモニンロシア外務省副局長など、ロシアの韓国専門家や田鉉秀(チョン・ヒョンス、北朝鮮社)慶北(キョンブク)大学教授らが彼の弟子たちだ。

朴教授は最近、『三国遺事』のロシア語翻訳を始めた。1995年完成した『三国史記』の翻訳に続く挑戦だ。

「どうしてこんな難しい作業をまた始めたのか」という質問に、「世を去るまで、この仕事を諦めない。私が終える事ができなくても、この子がいるじゃないか」と孫娘を指した。『三国史記』は一人で翻訳したため36年がかかったが、今度はビクトリア氏と一緒にできて心強いという。

ビクトリア氏は今年8月、ソウル大大学院で宋基豪(ソン・ギホ)教授の指導の下、渤海史研究で修士号を取得した。出産のために博士課程への進学をしばらく延ばしてモスクワに戻ったビクトリア氏は、3ヶ月になった娘の面倒を見ながら『三国遺事』の翻訳に取り掛かっている。

朴教授は「研究を譲る『後継者』ができて安心」と嬉しい表情だった。朴教授の家はロシアでも「秀才家門」で有名だ。2人の息子と3人の孫がみんなロシア最高の名門であるモスクワ大学とモスクワ国際関係大(MGIMO)、米シカゴ大学、英ロンドン大経営大学院(LBS)を出た。しかしほとんど金融界と企業に携わっている。唯一学者になった人は長男であると同時にビクトリア氏のお父さんであるビクトール(60)氏で、やはりモスクワ大学でアラビア語科の教授をしている。

朴教授は家族の中に、誰も自分が一生を捧げた韓国学研究を続けようとする者がいないことを内心残念に思っていたと打ち明けた。こんな朴教授の心を読んだかのように、ビクトリア氏は1997年モスクワ大学東洋史学科1年生の時、韓国に研修に行って韓国史を専攻すると決心した。

ビクトリア氏は2002年学部を終えるやいなや、同じ科の同期である夫ピロジェンコ(26)氏とソウルに留学した。高麗(コリョ)大大学院で高麗史関連の論文で修士号を取ったピロジェンコ氏はロシア外務省韓国科に勤めている。ビクトリア氏は外交官である夫が韓国勤務をすることになれば、またソウルで博士課程を続けると話した。

ビクトリア氏が渤海史を選んだのは、祖父との縁のためだ。朴教授が生まれたフリーモレ地方(沿海州)のクラスキノー隣近に渤海遺跡があったこと。幼い頃から渤海に関する話を聞いて育ったビクトリア氏は数年前、朴教授とともにそこを踏査したりした。

「この頃、ロシアで渤海史研究がかなり活発になったんです。渤海は韓半島とロシア、中国にまたがっているだけに、南北とロシア、中国の共同研究が必要です」

ビクトリア氏は論文を書きながら北朝鮮の資料もたくさん参考したが、北朝鮮の史学研究には客観性が足りないようだと話した。

朴教授はこの頃、孫娘のおかげで力を得たかのように、より旺盛に活動している。最近、モスクワ大学歴史学報に中国の高句麗(コグリョ)史歪曲と東北工程を批判する論文を発表したりした。朴教授は「中国政府と中国歴史学界が政治的な意図のため何かを混同している」とし、「どんな研究であれ、科学性を失ってはならない」と書いている。



kimkihy@donga.com