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[オピニオン]豆満江沿岸の「赤い山」

Posted May. 26, 2015 07:21,   

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豆満江(トゥマンガン)は、北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンプクト)と中国の吉林省延辺朝鮮族自治州を分かつ国境だ。延辺の中心である延吉から竜井を経て図們に行くと、車の右側に豆満江が流れ、その向こうに北朝鮮が見える。国境というには川幅が狭いところも少なくない。韓国では、延辺、延吉、竜井、図們と表記するが、中国の土地である朝鮮族自治州の看板や標識のハングルは、韓国の漢字発音どおり、「ヨンビョン(延辺)」、「ヨンギル(延吉)」、「リョンジョン(竜井)」、「トムン(図們)」と書かれてある。

◆先日、竜井から図們に行く途中、豆満江の向こうの北朝鮮側に1本の木もないはげ山があるのがしばしば目についた。現地の人に聞くと、元々ははげ山ではなく、北朝鮮当局が豆満江からの住民の脱北を阻止するために、木をすべて伐採したため、荒涼とした山に変わったと言った。よく見ると、川幅が狭かったり水深が浅くく住民が渡りやすい場所であればあるほど、黄土色のはげ山が多かった。

◆韓国と中国が1992年に国交を正常化した後、延辺の韓民族社会で、韓国に親戚がいる人が羨まれたように、最近、北朝鮮では、中国に親戚がいる住民が羨望の的だという。延辺地域が韓国との活発な交流の影響で以前よりも発展し、延吉は「リトル・ソウル」と呼ばれるようになったが、延吉を除く多くの地域は、依然として韓国の数十年前の生活水準だ。北朝鮮の「延辺親戚」の話から、北朝鮮住民の暮らしがどれほど苦しいかがうかがえる。

◆日本は植民地占領期に、中国に近い鴨緑江(アプロクカン)と豆満江の周辺に工場や発電所を多く作った。そのため、70年前、光復(解放)を迎えた時、北朝鮮地域の経済力は韓国を圧倒した。しかし、金日成(キム・イルソン)主席から3代の長期独裁で、北朝鮮住民の暮らしと人権は世界最悪の水準に墜落した。食糧難を解決するために、山に段々畑を作って住民が燃料を採取したため、北朝鮮ではどこへ行ってもはげ山が多い。しかし、豆満江沿岸の山は、飢えと暴政に耐えることができず脱出しようとする住民を監視するために、雑木や草まで除去された。金東仁の短編小説「赤い山」が思い出される。

権純活(クォン・スンファル)論説委員shkwon@donga.com



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