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インターステラーの中にマーラーの交響曲の音型が…

インターステラーの中にマーラーの交響曲の音型が…

Posted November. 25, 2014 04:18,   

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何時戻ってくるだろうか、果たして戻ってくることなどできるだろうか。

クーパー博士は古い自宅を振り返りますが、娘のマーフィーは、ドアを閉めたまま出てきません。映画館のスピーカーから、胸が詰まるような旋律が流れ始めます。その瞬間、心臓に何かドン、と落ちる音が聞こえてきました。「このメロディーはまるで、マーラー交響曲10番の最終楽章みたいじゃないか」

作曲家のグスタフ・マーラーは、心臓の異常で人生の最後を直感する中、1910年交響曲10番の作曲に入りました。この曲の最終楽章の前半部分では、悲哀に満たされたフルートのソロの単調動機(モチーフ)からはっきりとした印象を受けます。この動機は、楽章の後半部分では長調に変わり、弦楽器全体の力強い合奏で、再び登場します。前半のフルートの演奏が、人生の最後に立っている人の悔恨なら、後半の弦楽演奏は、激しい感情の波の中で新しい世界に向けて一抹の希望や憧れを送っているような気がします。

驚くべきことは、これとそっくりの動機、または音型を映画「インターステラー」の中でも目にすることができるということです。マーラーの交響楽で、フルートで初めて示されたものと似ている「ラ、レ…ド・シ・ド」の音型と、これを同じ高さの長調に変えた「ドファ…ミレミ」の音型が絶え間なく続き、交錯します。わが惑星や自宅を離れる悔恨、人類の救援に向けた希望が取りとめもなく交錯する気がします。あいにくなことに、この部分は、映画の公式サウンドトラックには入っていません。

映画音楽家兼指揮者のジョン・モチェリはかつて、「マーラーの音楽は、ヴォルフガング・コルンゴルトを始めとする後輩ユダヤ系音楽家らに引き継がれ、彼らがナチスを避けて、ハリウッドに移住したことで、映画音楽界がマーラーの音楽語法を受け継ぐことになった」と分析したことがあります。ある程度は誇張された話かもしれません。しかし、確かなことはあります。後輩音楽家らは、先輩らが残した音楽的「意味の遺伝子」の中で動くはずであり、太陽の下での新しい着眼は珍しいということです。

今年の最後の月が迫ってきます。この時期、マーラー交響曲10番を聞いてみるのはいかがでしょうか。誰もが1年間を送る感想には、悔恨と希望とが交錯するはずですから。もちろん、後悔すべきことが多いとはいえ、結局は希望に向けて進んでいかなければなりませんから。