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シネマ・レビュー「新羅の月夜」

Posted June. 18, 2001 19:13,   

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「新羅(シンラ)の月夜」は、要するに笑うために作られた映画。そのため、真剣に考えてみるなら多少味気なく思えるかもしれない。

「高校のワルNo.1」から教師になったキドン(チャ・スンウォン)と、模範生から暴力団の参謀になったヨンジュン(イ・ソンジェ)二人の同窓生をめぐる人生流転の物語。

映画は、10年前「慶州(キョンジュ)の月夜」で起きた集団喧嘩を、二人の主人公の人生があべこべになる事件として設定した。ほぼ全校生が加わった集団喧嘩を避けた弱虫は、この事件の後やくざになり、あの日のヒーローは勉強に打ち込み教鞭を取ることになる。

偶然、慶州で再会した二人は、予想に反した相手の生き方を目にして、複雑かつ微妙な感情に捕らわれる。そこへ、おてんば娘のジュラン(キム・ヘス)をめぐる感情の綱引きや、ジュランの弟でやくざになりたがっているジュソップ(イ・ジョンス)など、世間知らずの高校生らによるハプニングが重なる。

この作品の「唯一の」強みであり「凄い」魅力ポイントは、やはり笑いにある。それは、キム・サンジン監督が99年に演出した「ガソリンスタンド襲撃事件」(ソウル観客基準入場者数96万人)の延長線上にある。ガソリンスタンドという限られた空間が慶州に広げられ、過去との出会いが頻繁になったほかに、大きな違いはない。

この作品は、アクションシーンでさえ、笑いを醸し出す材料として存在している。

「新羅の月夜」も、映画「チング(友達)」同様、暴力世界の暗闘を取上げているものの、そのカラーは明らかに異なる。「チング」が、刺されれば血の吹き出る「真剣勝負」のような接近法である反面、「新羅の月夜」は血の代わり笑いが吹き出る。

キム監督が笑いを創り出すスタイルは、予測を少しずつ外れていく小さな反転と、多少荒唐無稽に思える漫画チックな想像力。相手に向かって格好良く「ぶーん」飛んでいたキドンの体が、やくざたちの突拍子もない対話のなかで、いきなり地面に落ちてしまう。ヨンジュンと対決する慶州地域のやくざのボスは、大口をたたいておきながら人質に捕らわれ、権威を象徴する警察のバッジは、羽子板のように次々と跳ねられる羽目に。

映画は、笑いの中でキドンとヨンジュンの友情を終盤に盛込むが、ストーリーがどのように展開されるか気になったりはしない。序盤を見るだけで結末は高が知れているからだ。

それでもキム監督は、笑える映画を作るつもりでいたし、少なくともその目標は充分達成された。映画の中で、言葉と体全体で左右八方やたらに突き当たるキドン役を演じたチャ・スンウォンの演技は、笑いの原となっている。15才以上観覧可。23日封切り。



金甲植 gskim@donga.com