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[オピニオン]西欧の分裂

Posted December. 05, 2003 23:19,   

『バラの名前』というタイトルの小説で親しまれている、イタリアの記号学者、ウンベルト・エコが10数年前に米国を訪問した時の話。浮浪者や、魂の抜けてしまったような「化け物」たちがうごめく列車の喫煙車両で、辛うじて「生き残った」エコは、教職員食堂で洗練された言語を使いこなす教授たちに出会う。食事の後、エコは皆の前で「たばこを吸える場所があるか」と聞いた。しばらくのぎこちない沈黙、そして作り笑顔が交わされた後、誰かが扉を全て閉めてしまった。そして、皆で10分間「甘くて、そしてスリル満点の違反行為」を楽しんだという話だ。(エコの著書『世の中の間抜けたちに笑顔で怒る方法』の中から)

◆エコが今、ニューヨークに行ったとすると、もう一度そのようなスリルを楽しむことができるだろうか?答えは「絶対に不可能」である。装填されたピストルは許せても、禁煙場所の灰皿は御法度、とされる都市がニューヨークであるからだ。この5月に発効した禁煙法によると、単なる飾り用や、ほかの用途に使われる灰皿であっても、人目についてはいけない。ヨーロッパは喫煙については米国に比べ、遥かに寛大である。エコのような「喫煙派」の欧州人は、ほかのものはとにかく、文化的な面においては一段下として見ていた米国が、次第におかしくなっている、と考えそうなものだ。

◆これまで「西欧」は、ヨーロッパと米国を通称することばであった。ところが、フランス人学者のドミニク・モイジは、あの「西欧」は未だに存在しているだろうか、と問う(「Foreign Affairs」最新号)。冷戦の時代「2つのヨーロッパと1つの西欧」だったのが、今では「1つのヨーロッパと2つの西欧」に変わってはいないかと問い返している。モイジは、米国とヨーロッパの間で、ますます鮮明になりつつある政治的、社会的、情緒的な隙間は、遠くは1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊した時から、近くは01年9月11日のテロが触媒の役割を果たしたと解説している。要するに、唯一の超大国として力を誇示する「ビスマルク的」な米国の身の振り方が欧州人たちの機嫌を損ね、この様な現象は、両者の価値観の溝をさらに大きく広げているというのです。

◆米国と、多方面にわたり分かち合っているカナダも、この様な流れから漏れてはいない。カナダは、米国主流社会の心地よくない視線を他所に、同性愛者の婚姻、麻薬など、先鋭な争点の数々を法律で認めたり、または認める法案を議会に上程している。カナダは、米国のイラク派兵要請も拒否した。このままでは、米国が同じ陣営の中からも「仲間はずれ」になるかもしれない。もっと気になるのは、従来、我々が理解している西欧が分裂した際に「9・11以降の世界秩序」が、どのような姿になるのか不透明だということだ。結局は、結者解之に尽きる。これもまた、米国に与えられた宿題ではないだろうか。

宋文弘(ソン・ムンホン)論説委員 songmh@donga.com