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「A級戦犯の遺骨、太平洋にまいた」 米軍公文書発見

「A級戦犯の遺骨、太平洋にまいた」 米軍公文書発見

Posted June. 08, 2021 08:08,   

Updated June. 08, 2021 08:08

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第2次世界大戦後、極東国際軍事裁判で死刑判決を受けた東条英機元首相(1884~1948)らA級戦犯7人の遺骨を海にまいたと記録した公文書が見つかったと、東京新聞が7日付で報じた。

同紙によると、日本大学の高澤弘明専任講師(法学)が米国立公文書館で入手した米第8軍が作成した文書にこのような内容が記録されていた。A級戦犯の遺骨処理の方法が公文書で判明するのは初めて。A級戦犯は国際条約を違反して侵略戦争を企画、開始、遂行した人々で、最も重い戦争犯罪者として扱われている。

公文書は、太平洋戦争後、米軍の日本占領期に作成され、当時、米第8軍は横浜に司令部を置いていた。現場責任者のルーサー・フライアーソン少佐が、公文書に「戦争犯罪人の処刑と遺体の最終処分に関する詳細報告」として、経緯を記している。

A級戦犯7人の死刑は1948年12月23日午前0時に巣鴨プリズン(東京)で執行され、遺体は運び出され、横浜市内で火葬された。火葬後に別々の骨壺に納められた遺骨は、第8軍滑走路に運ばれた。死刑執行から遺骨処理まで立ち会ったフライアーソン少佐は、公文書に「横浜の東およそ48キロの地点の太平洋の上空で私が遺骨を広範囲にまいた」と記した。

A級戦犯の遺骨は遺族に返還されず、太平洋や東京湾にまかれたとの憶測があり、昭和史の謎とされていたが、第8軍文書で遺骨の最終処分が確認されたのだ。

フライアーソン少佐と共にA級戦犯の処刑に立ち会った連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)のウィリアム・シーボルド外交局長は著書で、「指導者の墓が将来、神聖視されないよう散骨された」と記述している。

しかし、GHQの意図に反し、東条秀樹を含むA級戦犯14人の位牌は1978年、東京都千代田区にある靖国神社に合祀され、これまで神聖視されてきた。安倍晋三前首相ら右翼の人々は終戦記念日(8月15日)と春・秋の例大祭の時には靖国神社を参拝し、供物を奉納している。


東京=パク・ヒョンジュン特派員 lovesong@donga.com