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グレース

Posted June. 10, 2020 08:45,   

Updated June. 10, 2020 08:45

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読者の胸をキュンと締め付ける詩がある。トリニダード出身の親から生まれた英国の黒人詩人・ロジャー・ロビンソンの詩集「楽園」はそのような詩でいっぱいである。その中でも、看護師への感謝の気持ちを込めた詩「グレース」は、特に胸にジンと来る物語を繰り広げている。

「うちの息子は、生まれたとき1キロに過ぎなかった。/大きな頭に膨らんだ目、青い静脈が全てだった」。子供はインキュベーターに入っていた。回診にきた医師の言葉通りなら、状況は絶望的だった。医師から、子供は「生きられるかさえ分からないし/生きても病院から決して出ることができないかもしれないと言われた」。死ぬか障害者になるという意味だった。詩人と妻は顔が青くなった。その時、ジャマイカ出身の看護婦長が彼らを隣に連れて行って話した。「あの人はそのような話をする資格がありません。余りにも露骨ですね」。彼女の言葉には、医師の無慈悲な言葉を言い返す温かい心が込められていた。彼女が勤務している時は、インキュベーターを部屋に持って行って直接子供の世話をした。

看護師は、この子だけによくしてやったのではなかった。すぐに死ぬ赤ちゃんにも同じだった。医師はその子に何も食べさせないように、看護師たちに指示した。すぐ死ぬから食べさせる必要がないということだった。しかし看護婦長は逆に、看護師たちに子供を十分に食べさせるように指示した。「どんな子もお腹をすかせたまま死んではならない」という理由からだった。彼女は、「お腹いっぱい食べた子供を胸に抱いて/暗い隅に座って低めに鼻歌を歌ってあげた」。憂鬱な歌ではなく、ファレル・ウィリアムスの「幸せ」という明るい歌だった。そのように最後の瞬間まで敬うべきものが命だった。彼女は自分の名前であるグレースが意味するように「慈悲」深かった。

詩人の息子は、看護師たちの支えのおかげで生き残った。大半が移民者である看護師たちには、チャートだけを見て処方を下し、病気の経過のみに関心がある医師たちがずっと前に失った真の面倒の精神があった。これは、あの国だけのことだろうか。