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戦争と伝染病

Posted February. 11, 2020 08:44,   

Updated February. 11, 2020 08:44

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人類の歴史で最も多くの犠牲者を出した戦争は第1次世界大戦(1914~18年)だ。犠牲者は1500万人以上だった。これは人間の生活方式と世界史の流れを変えるほど大きな犠牲だった。しかし、戦争の終わりが近づいた18年に、その3倍以上の生命を奪った死神が人類を襲った。スペイン風邪と呼ばれるウイルスの攻撃だった。犠牲者は5千万人を超えた。

医師ではないので正確には分からないが、恐らく世界大戦でいくつかの大陸から人が集まって散らばったことで、インフルエンザが強力になり、拡散したのだろう。韓国の歴史でも、最大規模の戦争だった隋唐戦争の時、中国から入った疫病が広がったのと同じだ。契丹の侵攻の時も疫病が流行した。1970、80年代に人が突然血を流して死ぬ原因不明の病気とされた流行性出血熱は韓国戦争の時に中国共産軍についてきたネズミが原因だったという。戦争は常に2種類の災いをもたらす。飢謹と伝染病だ。2つの災いはそれぞれ異なる理由で始まるが、最後には2つが会って互いに原因になる。ウイルスは飢えで体が衰弱した人の生命を奪う。人が死んで土地が荒廃すれば、食糧の生産が減り、飢謹がひどくなる。戦争は様々なやり方で人を殺す。そのため、国家は戦争を防止するために最大限の努力をしなければならない。

 

問題はこのような努力も犠牲なしではうまくいかないということだ。戦争を防止する最高の手段は外交ではなく国防力だ。朝鮮時代に戦争を備えるには城を築かなければならなかった。大規模な築城であればあるほど、様々な地域から若者を徴発した。そうすると伝染病が発生する。ソウル遷都後、都城を築いて首都の基幹施設の建設のために全国から人丁を調発したところ、伝染病が広がり、全国に拡散した。このような理由で、築城や大規模な工事をするにはいつも反対が起こった。だからといって、築城を中断すれば、もっと大きな災いが押し寄せる。これが人の歴史の現実であり、そのため社会問題を感情ではなく理性の目で見なければならない。

歴史学者