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世界の映画祭で25冠、29日に公開する「ハチドリ」のキム・ボラ監督

世界の映画祭で25冠、29日に公開する「ハチドリ」のキム・ボラ監督

Posted August. 20, 2019 09:11,   

Updated August. 20, 2019 09:11

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すべての人の中には小さな宇宙がある。29日に公開する映画「ハチドリ」は、中学2年生の「ウンヒ」(パク・ジフ扮)が抱く小さな宇宙の物語だ。体重が30グラムに過ぎない小さな体で、1秒間に90回の羽ばたきをするハチドリは、ボーイフレンドや家族、友人たちとの関係について悩みながら、愛されるために絶えず努力するウンヒの姿とよく似ている(orそっくりだ)。

家父長的な雰囲気の中で、勉強のできる兄、問題児の姉と暮らすウンヒ。ボーイフレンドと後輩、友人との関係が危うくなると、唯一情緒的に共感できる人は、漢文の先生の「ヨンジ」(キム・セビョク扮)だ。ウンヒの日常に生じた小さな亀裂は、ソウル聖水(ソンス)大橋の崩壊事件につながる。

韓国社会の悲劇的な事件を、普通の女の子の日常を通じて一本の叙事詩のように解いたこの作品は、第69回ベルリン国際映画祭をはじめとする世界25の映画祭で監督賞、審査員大賞などを受賞する栄誉を享受した。ウンヒの自宅である大峙洞(テチドン)の銀馬(ウンマ)マンションや塾、「非行少年を探し出そう」と声を上げる先生、聖水大橋の崩壊など、「韓国的」背景が詰まっているこの映画が国際映画祭で、各国の審査委員と観客の心を泣かせた理由は何だろうか。

ソウル銅雀区(トンジャクク)のアートナインで19日会ったキム・ボラ監督(38)は、世界各国の観客に会って、この映画が持つ普遍性の力を確認したという。

「イタリアでも最近橋が崩れ、災害を多く経験した日本の観客たちは、自分たちの心を慰めてくれたと感謝しました。9・11テロで受けた傷を癒すためにできた米ニューヨーク・トライベッカ映画祭の反応は言うまでもありませんでした」

幼年時代に経験した関係についての不安、暴力の経験も誰もが共感する素材だ。「シナリオ段階から、世界各国の友人たちに、60歳を超えた教授と10代の若者たちにも執拗に(繰り返し)反応を聞いて、普遍的な共感があることを確認しました。シナリオを送った投資会社の担当者が、自分の幼少時代の出来事について話してくださったこともありました。結局投資を受けることはできませんでしたが、誰かが共感してくれると感じた時、それだけで一日が本当に貴重だと思いました」

特に騒々しい大韓民国の1994年を丸ごと画面に移すために、場所や小物の渉外にも力を入れた。銀馬マンションの空き家を奇跡的に確保した。キム監督の両親の実家と、複数の小物室を転々としながら見つけた額縁と古い全集、ベランダの植物でウンヒの家を飾った。銀馬マンションと開浦洞(ケポドン)マンションの商店街などは再建を控えてそのまま残っており、1994年の趣をスクリーンに移すことができたという。

キム監督個人の幼年時代から始まった物語は、4年間シナリオを細かく書き直す間、脚色された部分がより多くなった。しかし、ヨンジ先生がウンヒに渡した温かい一杯のお茶のように、中学時代の塾の先生が渡した「ウーロン茶」の思い出は、映画にそのまま残った。

「幼い頃、漢文塾で学んだ明心宝鑑の名言句が幼い私の耳にも聞こえてきました。メガネをかけた先生が淡々とではありましたが、人間的に接してくださったのですが、その時、そのウーロン茶の感じが今も暖かく残っています。すべてのことを透明に受け入れる子供たちに、大人の小さなジェスチャーが人生の中で模様を残すようです」

ウンヒは、複数の関係の「崩壊」を経験しながら成長するように、橋とデパートが崩壊し、船が沈没する災害を経験しながら、まだ韓国社会は成長痛に苦しんでいる。

「西欧から認められたい熱望は少し冷めてしまいましたので、より健康的な方法で私たちを生かすことができるように一緒に悩みたいと思います。私たちは、あまりにも多く走り、素晴らしい達成感も享受しましたが、その分だけ多くのひとたちが苦しんだんですから」