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18世紀の「渾蓋通憲儀」を宝物に指定

Posted June. 27, 2019 08:59,   

Updated June. 27, 2019 08:59

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18世紀の忘れ去られた実学者ユ・グム(1741~1788)。柳得恭(ユ・ドゥクゴン)の叔父でもある彼は、庶子出身という身分の制限により、官職で才能を繰り広げる機会を得られなかった。しかし幼い頃から、今日のポンプのような様々な機械を製作するなど、優れた科学者であり発明家であった彼は、1787年、東アジアの科学史に明確な足跡を残した発明品を出す。ほかならぬ西洋流の天文時計である「アストロラーベ」を朝鮮式に解釈して作った「渾蓋通憲儀」だ。

文化財庁は、18世紀の朝鮮の優れた天文学のレベルを示す「渾蓋通憲儀」を、宝物第2032号に指定したと、26日明らかにした。ユ・グムが作った渾蓋通憲儀は、東アジアに現存する唯一の実物製作事例として知られている。

渾蓋通憲儀は、17世紀初め、明の李之藻(1565~1630)が、イスラム天文時計のアストロラーベの解説書を翻訳した「渾蓋通憲図説」を編纂したことで、東アジアに伝えられた。器具は、星の位置と時間を確認する円盤状の母体板と星を観測する地点を教えてくれるT字型聖座板で構成されている。母体板の前面の中心穴に、ピンで聖座板を挟んで回転しながら使用する方式だ。

母体板の表面と裏面に渡って、「乾隆丁未年にヤクアム・ユン先生のために作る」という銘文と、「ユ氏クム」という印章が刻まれており、1787年にユ・グムが作ったものであることがはっきり分かる。

しかし、日本植民地時代だった1930年ごろに日本に流出し、しばらく行方が分からなくなっていた。以後、2002年に日本の学界で知られ、再び世の中に登場し、2007年、科学歴史家の全相運(チョン・サンウン)元誠信(ソンシン)女子大学総長(1928~2018)の努力で、韓国国内に返還された。現在の京畿道南楊州市(キョンギド・ナムヤンジュシ)にある実学博物館が所蔵している。文化財庁は、「ユ・グムは、渾蓋通憲儀に韓国の実情に合った独自の星を描き入れるなど、西洋の天文知識を正確に理解しながらも、同時に朝鮮知識人の創造性を発揮した」と明らかにした。

一方、渾蓋通憲儀のほか、文化財9件が同日宝物に指定された。仏教文化財としては、「龜尾大芚寺(クミ・デドゥンサ)の三蔵菩薩図」「金泉直指寺(キムチョン・チクジサ)の掛佛畵」「高敞禅雲寺懺堂庵(コチャン・ソンウンサ・チャンダンアム)の石造地藏菩薩坐像」が宝物になった。このほか、「陶隱(トウン)先生詩集巻1~2」「陶器印花文瓶一括」「李寅文(イ・インムン)筆江山無盡圖」「シンピョンユチ大東詩林巻9~11、31~39」「完州(ワンジュ)ガル洞出土の銅剣棟と鋳型一括」「完州ガル洞出土の精文鏡一括」なども一緒に指定された。


柳原模 onemore@donga.com